日本舞踊の最大流派「花柳(はなやぎ)流」の家元継承を巡る騒動で新しい展開があった。07年に亡くなった3代目家元花柳寿輔さんに「後継者指名を受けていた」と主張する花柳貴彦さん(42)が新しい流派「寿柳(としやぎ)流」を立ち上げ、先日、記者会見を行った。貴彦さんは初代家元「寿柳貴彦」を名乗り、花柳流からは離れることになった。

 花柳流は日本舞踊最大の流派で、名取は1万5000人と言われる。初代花柳寿輔が創設し、2代目、3代目ともに実子が継承してきた。しかし、07年に3代目家元が亡くなった後に騒動が起きた。3代目には子どもがなく、後見人だった花柳芳次郎が4代目家元を襲名した。それに対し、3代目の親族だった貴彦さんは「生前、後継者指名を受けていた」と主張して対立。4代目は貴彦さんを除名したが、これに対して貴彦さんは処分を不服として民事訴訟を起こし、17年に処分不当という判決が最高裁で確定した。しかし、13年に4代目の孫である創右(そうすけ)さん(25)が5代目家元を継承するなど、現体制の地盤は揺るがなかった。

 貴彦さんの除名は解けたものの、一緒に処分を受けた高弟の除名は継続され、花柳流の改革を求める貴彦さんの訴えもことごとく退けられてきた。そのため、花柳流を離れ、「寿柳流」を立ち上げることに決めた。貴彦さんは「花柳流の内部で是正してほしいことを訴えてきたが、応じてもらえなかった。寿柳流は公明正大で、社会に開かれた流派にしたい」と話した。

 しかし、先日の会見まで極秘に話を進め、親しい関係者にも流派立ち上げを相談しなかったという。「相談することで、迷惑をかけたくなかった」という。現在、「寿柳流」所属は家元の貴彦さん1人だけ。立ち上げを発表した日に、約1000人の名取宛に、新流派立ち上げの報告と、今後4回開催される「新流派説明会」への参加への意思を確認するアンケートを郵送した。

 日本舞踊では花柳流をはじめ、西川流、藤間流、若柳流、坂東流が「五大流派」と言われる。花柳流の初代家元は西川流の弟子で、若柳流の初代家元は花柳流の弟子だった。それまでいた流派を破門されるなどして離れ、独立した経緯がある。最近でも、宗家藤間流から女優でもあった藤間紫さんが独立し、紫派藤間流を立ち上げている。ただ、そういう独立に際しては、賛同する高弟が多数いて、行動をともにするケースが大半だった。

 今回のように、会見に家元1人が登場し、ともに流派を盛り上げる同志の姿がないのは異例だった。貴彦さんによると、来年11月26日に東京・歌舞伎座で花柳流の3代目家元の追善舞踊会を行うという。そこにどれだけの人が参加するかは不明だ。当然、花柳流から暗黙の圧力がかかるだろうし、名も知れた「花柳流」名取でいるのと、無名の「寿柳流」名取になるのとを比べた場合の損得勘定も関係するだろう。時代が変わり、今までのような名取になる時に多額な費用がかかる舞踊独特のシステムの変革は急務だが、たった1人の反乱はどこまで広がっていくのか。前途は多難だろう。【林尚之】