先日、沖縄の温泉ネタを書いたので、誰から頼まれたわけでもないが、今回は「東京都」にある“秘湯中の秘湯”を勝手に紹介したい。筆者が今年訪れた多数の個性的温泉の中でも群を抜いて印象に残った湯なのだが、それが伊豆諸島・式根島(東京都新島村)の海岸に湧く“海中温泉”こと「地鉈(じなた)温泉」である。


「地鉈(なた)温泉」の名の通り、岩山をVの字に「なた」で切り裂いたような荒々しい谷を進む。そのド迫力にビビり一瞬、撤退を検討
「地鉈(なた)温泉」の名の通り、岩山をVの字に「なた」で切り裂いたような荒々しい谷を進む。そのド迫力にビビり一瞬、撤退を検討

式根島南部の、岩山をVの字に「鉈(なた)」で切り裂いたような険しい谷を、早くもおじけづきながら歩いて抜けると、岩や水底のあちこちが赤茶色という、インパクト抜群の海岸に到着しさらにビビる。鉄成分を含んだ硫化鉄泉という泉質のためそのような色になるらしいのだが、ここの波打ち際一帯が地鉈温泉なのだ。

海水と温泉が混じり合っている“湯だまり”がいくつもあるのだが、源泉温度が80度と激アツのため、海水の割合が多くなる満潮時前後しか入れないという、貴重な温泉でもある。

(※同じ“海中温泉”でもかつて取材した鹿児島・屋久島の「平内海中温泉」は逆に満潮になると水没するため、干潮時前後しか入れなかったから面白い)

地鉈温泉は水着必須なのだが、そもそも脱衣所がない。筆者が訪れた時はたまたまほかに利用者がいなかったが、大きな岩の陰で水着に着替えるしかないと思われた。

そそくさと服を脱いでさっさと水着に着替えようとしたところ、離島特有の猛烈な強風で服が吹っ飛び、裸にタオルを巻いただけので風に舞うシャツやパンツを追いかけ回収するという、情けない状況に。のっけから大自然の洗礼を浴びた。


岩の谷をぬけると島の海岸に沸く“海中温泉”こと「地鉈温泉」にたどり着いた。それはいいとして脱衣所がない
岩の谷をぬけると島の海岸に沸く“海中温泉”こと「地鉈温泉」にたどり着いた。それはいいとして脱衣所がない

気を取り直して、いざ入浴。しかし、だ。あちこちの海水に、恐る恐るゆっくり漬かろうとして湯加減を確認するのだが、「アッチ~」と何度も絶叫して断念。転落に警戒しつつ岩場をあちこち移動し、適温の湯だまりを探す作業を続けるのだが、海水が流入している満潮前後の時間帯のはずなのに、ほとんどの湯だまりがかなりアツくて入れない。“ぬる湯派”の筆者には厳しい戦いが続いた。

難敵は強風だけでなく岩場のコケ。ぬるっと滑り、何度も転倒しかけた。ようやく見つけたぬるめの湯だまりに漬かって座り、安らいでいると、尻付近の海底から源泉がプシューっと噴出し、またも「アッチ~」と飛び上がった。

「撤退」という選択すら頭をよぎり始めたころ、ついに、大海原にかなり近いスポットに適温“天然湯船”を見つけ、腰をおろすことに成功。波しぶきがジャバ~っとかかる場所で、ガチ天然温泉を満喫し大自然と一体化していると、ようやくある種の“達成感”にひたれたが、まあ、そこまでが長かった。


水着姿で「アッチ~」と絶叫し、コケで転倒し、強風で服を飛ばされ、ようやく見つけた適温の“天然湯船”がここ…いったい私は離島に来て1人で何をしているのか
水着姿で「アッチ~」と絶叫し、コケで転倒し、強風で服を飛ばされ、ようやく見つけた適温の“天然湯船”がここ…いったい私は離島に来て1人で何をしているのか

赤茶色の岩場がまたド迫力。ただ、海から距離があるため満潮前後でも激アツでやけど寸前
赤茶色の岩場がまたド迫力。ただ、海から距離があるため満潮前後でも激アツでやけど寸前

式根島は、新島の南西部に位置し人口約520人。面積は東京都千代田区の約3分の1だ。東京・竹芝桟橋から出ている高速ジェット船で日帰り渡航もギリギリ可能なのだが(※現地滞在は数時間程度)、船は不定期運航の時期もあるから、いつも日帰りできるわけではない。

また満潮時刻が、ジェット船の到着と出発の間にうまくくる日でないとダメだ。悪天候の日も船が出ないことがある上、海岸露天での入浴が事実上困難になる。そのため、筆者はかなり前から地鉈温泉行きを計画していたのだが、満潮その他の、すべての諸タイミングが合致する日がなかなかなく、今回ようやく実現した次第だから、温泉マニアならではの至福を味わうことができたことはできた。


海岸のあちこちで湯が湧いている。ぬるめのスポットを見つけて漬かって座り「いい湯だな」とつぶやいた瞬間、尻付近の海底から80度の源泉が噴出し、断末魔の悲鳴
海岸のあちこちで湯が湧いている。ぬるめのスポットを見つけて漬かって座り「いい湯だな」とつぶやいた瞬間、尻付近の海底から80度の源泉が噴出し、断末魔の悲鳴

この地鉈温泉で面白いのは、海岸から少し離れた高台の岩壁に「湯加減の穴」なる穴があること。島では古くから、この穴に手を入れた時の温感で、地鉈温泉の湯加減を事前確認してきたというから興味深い。実際に手を突っ込んでみると、モワ~っと温かかった。


海岸からかなり離れた高台にある「湯加減の穴」。腕を突っ込んだ際の温度で地鉈温泉の湯温を把握できると伝えられるが原理は不明
海岸からかなり離れた高台にある「湯加減の穴」。腕を突っ込んだ際の温度で地鉈温泉の湯温を把握できると伝えられるが原理は不明

とにかく「東京都内」にここまでのワイルドすぎる野湯が存在することにある種の感動すら覚えたが、関東周辺にも多数ある「海沿いの絶景露天風呂」という表現でくくれるような、甘っちょろい湯でないことは確かだ。

機会あれば当欄で、同じ「東京都」の新島にある極上秘湯「湯の浜露天温泉」について3500行くらい記したい。

【文化社会部・Hデスク】


こちらは文句のつけようがない絶景を誇る、新島の「湯の浜露天温泉」。計6湯船あり24時間無料で利用可能だから最高だ
こちらは文句のつけようがない絶景を誇る、新島の「湯の浜露天温泉」。計6湯船あり24時間無料で利用可能だから最高だ