ホワイトハウスを描いた映画やドラマには、大統領夫妻のののしり合いの場面がよく出てくる。世界を動かすプレッシャーが私生活にのし掛かる図式だ。

 レンガ職人夫妻が静かな愛情だけで世界を動かした実話を描く今作はその対極と言っていいだろう。

 50年代後半、異人種間の婚姻が禁じられていたバージニア州が舞台。夫が白人、妻は黒人の夫妻は突然逮捕され、25年間故郷に戻ることを禁じられる。

 ワシントンDCの殺伐とした都市生活に耐えきれず、妻がロバート・ケネディ司法長官に宛てた手紙が歴史を動かし始める…。

 ぼくとつな夫と賢い妻。メディア対応や裁判で微妙に意見が割れるが、愛情が勝って大きな波は立たない。夫妻の穏やかな愛にくるまれるように周囲の対立も流血までには至らない。公民権運動で荒れる周囲をよそに、舞台の田舎町は空気がピリピリする程度に止まる。

 ジェフ・ニコルズ監督は子どもの1人ペギーさんから「両親のケンカは1度も見たことがない」という話を聞いて「静かな愛」をテーマに決めたという。忍耐することに慣れた抑制された表情。妻役のルース・ネッガが素晴らしい。【相原斎】

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