もう半年ほど、上方落語の重鎮、笑福亭仁鶴さん(80)が姿を見せていない。今月16日には、脳出血のため、弟子の笑福亭仁勇さん(享年59)が急死。18日に通夜、19日に告別式が行われたが、訪れることはなかった。

16日に急死した笑福亭仁勇さんの祭壇(撮影・村上久美子)
16日に急死した笑福亭仁勇さんの祭壇(撮影・村上久美子)

 通夜の夜、式場近くで働く女性に呼び止められた。

 「なあ、仁鶴さん、来てはんの?」

 大阪市北部の式場付近には工場、会社が多く、女性は仕事帰りに通りかかったようで、仁勇さんの葬儀を告げる看板を見て、仁鶴さんを心配していた。

 「最近、見いひんけど、どうしてはんの? 花月(舞台)は出てはんの?」

 質問攻めにあったが「ええ…お休みが続いています」と答えるしかなかった。

 仁鶴さんは今年5月、NHK「バラエティー生活笑百科」の収録を、放送32年で初めて欠席した。実はこのころ、最愛の隆子夫人(故人)の調子も芳しくなかったようで、仁鶴さんの心労もピークだった。そして6月2日、夫人が亡くなり、以後はしばらく喪中休みに入った。

 その間も、恩人である先代林家染丸さんの五十回忌興行には「約束やから」と出演。7月ごろ、なんばグランド花月の舞台や、「-笑百科」、読売テレビ「大阪ほんわかテレビ」などのレギュラーにも復帰したが、夏場に入り、休演が続き、8月、9月と花月の出番もキャンセルした。

 上方落語の関係者は、「夫人を亡くしたショックも癒えぬ中、暑さで体調を崩し、仕事もキャンセルしたことで、心に張りがなかなか戻らないようだ」と話す者もいる。

笑福亭仁鶴
笑福亭仁鶴

 その最中の弟子の急死だった。仁勇さんの兄弟子で、仁鶴一門の筆頭弟子、笑福亭仁智さん(65)も、師匠の様子を聞くと、表情を曇らせた。仁智さんは、仁鶴さんの現況を思い、体調も良くないことから、タイミングをみはからって、師匠宅を訪ね、弟子の急死を告げた。

 すると、仁鶴さんは「ええ、なんでや…」と言ったまま絶句。「師匠はたいへんショックを受けられ、その後の言葉がまったく出てこない状態で…」と振り返った。

 通夜、告別式の日程など、とても口にできる状態ではなかったという。師弟の間で長くて重く、苦しい時間が流れるばかりだった。

 そして、通夜の日の夜、式場には、仁鶴さんからの花だけがあった。ここに来て、弟子の急死。とても参列できる状態ではなかった。

 仁鶴さんといえば、鋭いというよりも、小柄なのに言いようもなく力強い眼光を放つ。目が合えば、固まってしまうぐらいの強さだ。あの眼光が戻ってくるのは、いつになるのだろうか。

 仁鶴さんを心配する女性からの質問を浴び、そんな思いがグルグルと頭を回った。【村上久美子】