刑務所や少年院を出た人に働く場と住まいを提供し、立ち直りを手助けする「職親(しょくしん)プロジェクト」の一環として開設された自立支援施設が大阪にあります。

大阪市福島区にある「良心塾」を運営する黒川洋司さん(46)は元暴力団員。過去に傷害事件で逮捕歴もある黒川さんは「“親”の役割を果たし、支える人がいれば、必ず人生は変えられる」と熱く語ります。

鋭い視点で斬り込むMBSテレビのドキュメンタリーシリーズ「映像’18」が黒川さんの支援活動に密着した番組「生きなおし~元ヤクザが取り組む施設の日々~」が、28日深夜0時50分(関西ローカル)から放送されます。

黒川さんの左手小指の第一関節から先がありません。大阪市内で育った黒川さんは幼いときに両親が離婚。中学卒業後は高校には進学せず、暴走族に入り、けんかに明け暮れました。地元では有名な「ワル」。19歳のときに暴走族の先輩に誘われ、暴力団に入りました。

「6カ月間の部屋住みがあり、組の行事とか以外はいっさい外に出ない。事務所の当番をしたりする、いわゆる修行。(修行時代は車に乗っているとき)ちょっとクラクションを鳴らされようものなら、そこでいけへんかったら逆にオレが殴られる」。紆余(うよ)曲折があり、21歳で暴力団をやめ、堅気(かたぎ)になりました。やめるとき左手の小指を出刃包丁で落としました。ただやめても更生はできず、23歳のとき、傷害事件を起こし、逮捕されました。

転機が訪れたのは11年前。母が病気で急死したことでした。母は唯一の心の支えでもありました。

「自分を認めてくれた人は母だった。心から認めてくれている人が1人でもいたら、絶対に殺人鬼にはならないと思う」

過去は消すことはできないが、過去を見つめながら前に進むことはできる-。

「いままでたくさんの人に迷惑をかけ、泣かしてきた。言い方に語弊があるかもしれないけど、いまはその過去があったから、いまの自分がある。それがなかったら、いまの僕はない。その過去を生かす方向に持っていけばいい」

自分と同じような若者の生き直しを手助けしたい-。元暴力団の自分だからこそ、できることがあるはず。5年前に活動に乗り出しました。黒川さんは妻と3人の子どもと離れ、10~20代の男性と暮らしています。良心塾の運営は黒川さんが経営するリサイクル会社の売り上げなどでまかなっています。これまで黒川さんは17人の身元引受人になってきました。

昨年11月に少年院を出てきた男性(23)は幼いころに両親が離婚し、母に育てられました。母は勉強を理由に自宅に閉じこめ、暴力をふるいました。13歳のときに母が病死するまで暴力は毎日続きました。「勉強しなければたたかれる。母が死んだとき、すごくうれしかった。もうこれで蹴られることはない」。

良心塾では、1年かけて社会復帰をサポートしますが、1年後に「卒業」できるのはわずか。行方をくらましたり、再び犯罪に手を染めたりしてしまう若者ももいます。

ある日、社会復帰に向かっていたはずの23歳の男性が再び、事件を引き起こしました。親代わりの黒川さんは決して男性を責めることはありません。むしろ自省します。「いろんな意味でメッセージを送っていたんだと思う。変化に何回か気づいたときもあった。朝もランニングするなど元気だったので後回しにしてしまった。自立って、そんな生易しいものではないですね」。

若者たちを取材した高田裕介ディレクター(34)は「『どうせ、親に捨てられた』『どうせ死んでもだれも悲しまない』。『どうせ』という言葉をよく聞きました。彼ら彼女らはこれまで壮絶な人生を歩んでいきている。その子たちを立て直す『更生』は言葉で言うのは簡単だけど、難しい」と話します。

17年版犯罪白書によると、16年の刑法犯の検挙人員は22万6000人、うち再犯者は11万人で48・7%を占めます。

なぜ、裏切られても若者たちを支援し続けるのか? 番組の最後に語る黒川さんの言葉が印象的でした。【松浦隆司】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)