不倫疑惑の釈明会見の場で引退を発表した音楽プロデューサー、小室哲哉さん(59)の言葉です。辞める必要などまったくない案件であると個人的には思っていますが、そのへんの是非はさておき、会見で最も印象に残ったのは、小室さんが何度も口にした「期待に応える」という言葉。天才には不釣り合いなほどのきまじめさが突き刺さりました。

 取材記者としてさまざまな芸能人、著名人の話を聞いていると、プロ意識に関してざっくり2種類のタイプがいることが分かります。お金を頂戴している以上、お客さんや発注者など受け手の「期待に応える」パフォーマンスを提供しなければならないという責任感派と、まず自分が楽しまなければ人を感動させることはできないという「仕事を楽しむ」派です。どちらが正解という話ではないので肌に合う方をチョイスすればいいと思いますが、小室さんは明らかに前者なのだと感じました。

 約50分にわたった声明部分だけでも「期待に応えられるのかということを17年秋から自問自答」「期待に応える音楽制作のレベルなのか」「ついつい皆さんの期待に応えたいという気持ちで」「望まれるのであれば期待に応えるべく最低限のことを」と何度も口にしました。寝るヒマもなく曲を作り、20作以上のミリオンヒットを積み上げた90年代のイケイケぶりも「期待に応える」の一念でやってのけていたのですね。突発性難聴による耳鳴りでここ最近は納期が滞り「今までなかったこと」と、納期にまじめな発言も印象的でした。

 言葉を尽くし、体調や音楽制作の不安、妻KEIKOさんの現状などあらゆる現状を赤裸々に明かし、構成力抜群で要点が分かりやすい会見も、真実を知りたいというファンや世間の期待に応えたのだと思います。これは語るけれどあれは隠す、みたいなことではファンに顔向けできないと考える人なのでしょう。あれこれ個別に濁すことで、何が本当なのかと会見の底が割れるのも本意ではないのだと思います。

 介護のかたわらでのC型肝炎、骨折、突発性難聴。音楽家でなくても「左耳がほぼ聞こえず、キーンという音が鳴りっぱなし」という現状がどれだけ過酷でメンタルを消耗するか計り知れません。“60歳の定年”を節目に引退するプランがもともとあったところに今回の報道があり、引き金になったと語っています。スポットライトのない引退発表に「思い描いていたものとは全然違った」と無念な思いも率直に語り、いろいろ不器用さが伝わってきます。

 しっくりきたのは「芸能人になりたかったわけじゃなくて、音楽をやりたくて始めた人間。ある程度、好きな音楽をやれたらいいなと思って始めた」というくだり。94年5月に東京ドームで行われたTMN解散コンサートでのこと。本番前にバックヤードで簡易会見が行われたのですが、直前の通路でレコード会社担当者からある“お願い”をされました。「小室はニッカンの読者だからニッカンさんがいると喜ぶ。腕章をして、質問する時は大きな声で社名を名乗ってくれないか」というものでした。スーパースター小室哲哉がそんなことで喜ぶのかと、新人バンドのようなピュアな音楽小僧ぶりにほっこりしたのを覚えています。

 今回の会見も、ピュアで不器用な天才の一面が隅々に。期待に応えたい本能と体調の折り合いがつかない自分を、不倫騒動と切り離せない生真面目さです。

 いい時も悪い時も、「仕事を楽しむ」派だったらこんな展開にはならなかったのでしょうが、数々の栄光は「期待に応える」というこの人の仕事哲学が勝ち取ったものであるのも事実。まずは体調の回復をお祈りするばかりですが、早くも世の中から「引退なんて言わないで」と次の期待が注がれまくっているのが、この人のすごいところです。

 【梅田恵子】(B面★梅ちゃんねる/ニッカンスポーツ・コム芸能記者コラム)