舛添要一都知事の辞職が決まった。政治とカネをめぐるあまりにもせこい言い分は、米紙ニューヨーク・イムズにも「sekoi」と報じられた。氏が初出馬した99年の都知事選で、テリー伊藤氏との対談記事をセッティングしたのだが、読み返すと、薄い頭髪をネタに理想とする清貧な政治を語っていて、隔世の感がある。

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 当時の舛添氏は、“政治と金”の見解をめぐって、15年来の友人だった経済人類学者栗本慎一郎氏と仲たがいしたばかり。若いボランティアたちに支えられた手作り選挙を公約しており「(栗本氏が)『ケチケチ選挙』を破って、自民党型の金権選挙をやろうとした」と理由を語った。「“黒いカネ”なんかもらったら、その業者の臨海開発とかをやらなきゃいけなくなる。そんな選挙をやるなら僕は落選すべき」と勇ましく語っていた。

 「リオ五輪に行きたい」という異常な執着で2カ月も都政を混乱させた今となっては、当落をかけて誓ったあのクリーン宣言もむなしい。ボランティアによる手作り選挙も、身銭を切りたくないだけの方便に聞こえてしまう。

 対談相手のテリー氏は、この手の調子の良さに鼻が利く。盟友を金権呼ばわりしての清貧アピールを「ちょっとカッコ良すぎない? わはは」といなし、同じ無党派候補と組んだ選挙戦略も「反則。談合ですよ」と鋭く突っ込んでくれた。

 母親を介護した経験から、当時の舛添氏は「福祉」を旗印にほかの5候補と戦っていた。「政治は弱者のためにある。稼げるテリーさんや舛添のために政治は要らないんですよ」「稼げるテリーさんは助けない。その代わり、ジャマもしない。今の政府はジャマをするんだ。規制、規制で。元気な人には規制緩和、ベンチャーやる人には減税。健康で楽しい人にはこれで十分」。一方のテリー氏は、舛添氏の語る「福祉」に「偽善っぽい」「暗い」と視点をぶつけ、価値観の違う2人の黙らないやりとりは爆笑の連続となった。

 テリー氏が「僕なら、シルバー大学作って教養を磨くとか、もっと楽しいことにお金をかける」とアイデアを語ると、舛添氏は「僕は教養を磨きすぎてハゲちゃったけど。わはは」と、自ら頭髪ネタへ。「僕はやっぱり、ハゲの痛み、人の痛みが分かる人が都知事にならないとダメだと思うなあ」(舛添)「ハゲたら減税、っていうのはどうですか」(テリー)「いやぁ、僕はそれよりも『カツラに補助金』。うほほほほ。なーんてダメだよ。もっと屈辱的になるだけ。『気の毒だから見舞金』ってことなんだから」(舛添)。

 頭髪の薄い人は弱者なのかという疑問はさておき、売れっ子論客らしくスポーツ紙向けに爆笑問答を織り込みながら、テリー氏を材料に分かりやすく主張を展開していく話のうまさは、6候補の中でも圧倒的だったのを覚えている。数字の羅列は記事になると退屈で読みにくい傾向があるのも心得ていて「福祉」と「アンチ金権政治」に的を絞った自己アピールも、さすがと思わせた。

 人格はさておき、この分かりやすさで無党派層の支持を集めてきた人である。この2カ月、「政治的な信義で名前は言えない」「トップリーダーは先々の大きなグランドデザインを描く必要があるから別荘へ行く」「違法ではないが不適切」など、支離滅裂な発言を繰り返す姿に引いてしまった。金銭感覚も言語感覚もあっさり破壊する力が、権力にはあるのかもしれない。

【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)