渡辺謙の妻で女優の南果歩のハリウッドデビュー作となったインディーズ映画「マスターレス」が、このほどインターナショナル・クリスチャン・フィルム・フェスティバルで最優秀脚本賞にノミネートされました。

 本作は仕事を失った建築家の主人公が、18世紀の日本に生きる浪人と自らを重ね合わせて時代を超えて人生の意味を探す物語で、メガホンを取ったのは日系4世のグレッグ・シマハラ監督。リアル(現実)と過去性(前世)の2つの時間軸で物語が進むドラマは、人生で壁にぶつかった主人公が時代を超えて立ち向かって乗り越えていくメッセージを秘めています。南が演じたのは、主人公を誘惑する女性。着物姿の謎めいた女性を演じた南は、全編英語のせりふにも挑戦しています。

 昨秋にハリウッドのエジプシャン・シアターで完成披露試写会が行われ、今年2月にはDVDリリースされた本作に悪役として出演しているハリウッドで活躍する俳優尾崎英二郎に、本作の見どころや南と共演などお話を伺いました。

 「ラストサムライ」「硫黄島からの手紙」で渡辺との共演経験のある尾崎にとって、南とは本作が初共演。「南果歩さんとの共演は本当にうれしい経験でした。渡米して9年目になりますが、こちらに移り住んでしまうと普段は日本の映画やテレビ業界の第一線でご活躍されている俳優・女優の方々と共演できる機会というのはなかなか無いものです。尊敬する大先輩の方と、演技で関われるというのは緊張感も伴いますが、その分だけ大きな学びがあります。本作はアメリカ作品ですが、果歩さんが登場されたシーンでは、髪形や着物をご自身がこだわりをもって準備され、妖艶で美しい姿がフィルムに刻まれています。文化的な奥行きと重みが加わり、監督もスタッフも誇らしく感じているはずです。僕が共演させて頂いたのは1シーンだけですが、立ち居振る舞いや優しさ、撮影現場での存在感などとても勉強になりました」

 現代のアメリカと戦国の日本と言う2つの舞台を同時進行する脚本の斬新さが、多いに評価されている本作。「脚本作りがとても野心的です。このスタイルを具現化させた編集の手腕とVFXの工夫、音楽の良さにも是非注目して頂きたいです。監督は日系アメリカ人のクレイグ・シマハラ、主演に若手でも長いキャリアを誇るアダム・ラヴォーニャ、共演キャストに日本から南果歩や米国で映画やドラマに活躍中の竹内豊など、完全にアメリカと日本の俳優陣が半々で映画を構成している点も見どころです。重要なシーンで日本語も飛び交いますが、しっかり製作段階からセリフにもこだわっていますので、カタコトの日本語は出てきません。その部分も日本人キャストが頑張って臨んだポイントです。マーベルの「エージェント・オブ・シールド」などでも近年活躍してきたスタントマンらが殺陣のアクションを手がけ、撮影に多くの時間が費やされているので、それらのシーンの出来栄えにも期待して頂きたいです」

 本作で物語の軸となる悪役を演じた尾崎は、面をかぶって表情が見えない難しい役どころに挑戦しています。「自分の顔の表情を一切見せられない役柄というのはもちろん初めてで、どこまで悪の頭領の恐ろしさや無念さ、シーンの緊迫感が観客に伝わるか、というのは大きな課題でした。監督が選んだ、能の面(怪士:あやかし)の持つ背景を生かしながら、「静」の奥に激しい「動」を感じてもらえるような演技を心掛けました。能という演劇スタイルを役作りに反映させる試みは、難しさはありましたが充実感もありました。物語の中のキーワードを語る役柄でもあるので、面の下で演じた際の英語セリフと、時代劇調に訳した日本語セリフの明瞭さには最大限に注意を払って演じています。日本の観客の皆さんにも見て頂ける機会があるとうれしいですね」(ロサンゼルス=千歳香奈子)