行定勲監督(47)が20日、動画配信サービス「アベマTV」の番組「アベマプライム」に生出演し、故郷・熊本地震について、被災した当時の恐怖と復興について提言した。

 行定監督は、同県益城町で最初に震度7の揺れがあった14日は東京におり、翌15日に熊本入り。ラジオの生放送に出演後、宿泊先の熊本市内のホテルに入り10階の部屋で風呂に入ろうと準備していた時に被災したという。

 「お風呂にお湯をいっぱいにため、入ろうとおもったら揺れた。(湯船から)1滴もお湯がないくらいの揺れ。部屋が水浸しになった。どんな揺れなのか…(部屋が)10階という高層階にあったけど(湯船からためた水が)全部出た。目を疑った。部屋までしみ出したのが(水が)どういう動きをしていたのか分からない。テレビ、スタンド…一瞬にして倒れた。1階に降りて、ロビーで過ごした」

 その後、両親が住み、自身のアトリエもある南阿蘇に行こうとスタッフに車を出してもらったが「入るには俵山トンネルか阿蘇大橋を通りますが、すべて土砂で崩落。そこを通ったら、僕も巻き込まれていた。両親たちの安否は確認した。両親は、(家が)半壊まではいかないですけど、高さ4メートルのガラスが3、4枚割れていた。そこにいたら、死んでたと思う」

 その上で、行定監督は、悲惨な被災地の様子ばかりを報じるメディアの報道が、かえって被災者の復興への思いを後退させる原因になっていると指摘した。

 「僕は映像の人間…不謹慎な言い方になるかもしれないけれど、益城町や西原村に僕も行きましたが(状況は)悲惨。そこを切り取りすぎると、あまりにもインパクトが強すぎる。動ける人を手助けして、本当に駄目な人を手助けしないと、みんなが動けなくなる。テレビの映像がショッキング。でも10~30キロ離れた温泉街は大丈夫で、報道の人たちは、熊本市内は1つも開いてないからそこに泊まっている。食事も取れれば、お風呂にも入れる。そのことを(被災者の中でも)元気な人たちに「温泉街、みんなでバンに乗り合っていったら?」と伝えればいい。お風呂に入れた、気持ちいい、というだけで(気持ちは)変わるんです。道がふさがれているとか(ネガティブな情報)が先に立つ。だから(動ける人も)みんなが動けなくなる」

 また東日本大震災と熊本地震を比較し「東北の震災の時は、立ち入りできなくなって家を追われたり、津波で残念ながら家がなくなった。今回は家はあるけれど、中に入ったら(激しい地震で室内が壊れ)どうしようもない。そのショックから立ち直らせることが今後、必要なこと。時間はかかる」と分析。その上で「熊本県民が、自分たちの気持ちでまず復興しようというのを、全国の人が助けるという構図が良い。受け身になると何も変わらない」と訴えた。

 行定監督は昨年10月に故郷・熊本を舞台に初めて映画「うつくしいひと」を撮影した。熊本県とタッグを組み、熊本の良さをたくさんの人に知らせるための短編PR映画で、熊本地震で被害を受けた熊本城も収められている。

 「県出身の橋本愛さん、高良健吾君…みんなが熊本愛で、美しさを語る物語。熊本城の石垣を残し、全世界の人に知って欲しかった。今となっては(映画に映るのは)かつての熊本の風景。こうなるとは思わなかった。記憶する、記録するもの(役割)が映画には本質的にある。それが皮肉にも(震災前の熊本の風景を)伝える手段になると思わなかった。取り戻すのに20年、かかると言われる。ある給水場で、おばあさんから『よか映画撮ってくれた。ありがとう。でも、あの熊本城、生きてる時には見れんとです。でも映画を見れば、目に焼きついた熊本城が見られる。ありがとうございます』と言われた」

 そして、行定監督は「取り返しは付かないけれど、熊本に生きる我々が、熊本を取り戻すのが課題になった。前向きに映画を見ていただいて、取り返したい熊本を忘れない、全国の人に見てもらう。義援金を募りながら、たくさんの人に見てもらって熊本を忘れないことを訴えていきたい」と、「うつくしいひと」を通し、熊本の復興にまい進することを誓った。