作品賞受賞作の読み間違えや、トランプ大統領への反対などの政治色が話題となったアカデミー賞自体に、もう少しスポットを当てたい…かつてアカデミー賞の現地取材でタッグを組んだ、村上幸将記者と、ロス在住の千歳香奈子通信員が、今回のアカデミー賞を考える「裏総括」。第2回は主要賞は逃したものの、お勧めの作品を紹介します。

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 村上 エマ・ストーンの主演女優賞、デイミアン・チャゼル監督の史上最年少32歳での監督賞など、6部門でオスカーを受賞した「ラ・ラ・ランド」、その「ラ・ラ・ランド」と読み間違えられた揚げ句、作品賞でオスカーを獲得した「ムーンライト」(バリー・ジェンキンス監督、3月31日公開)に、話題が集中した感がありますが…。

 千歳 個人的には「ヒドゥン・フィギュアズ」(テオドール・メルフィ監督、日本公開未定)が良かったですね。まだ黒人差別があった時代にNASAで働き、米国初の地球周回軌道を成功させた陰の立役者は黒人だったという実話は感動です。黒人と白人が同じトイレを使えない、一緒にご飯を食べられない、いじめもあったり…でも、最後は努力が認められて大きな功績を残す物語は、日本人も好きかなって気はします。

 村上 日本人が好みそうだと感じたのは編集賞・録音賞を受賞した、メル・ギブソン監督の「ハクソー・リッジ」(6月24日公開)です。信仰から人をあやめてはいけないと誓った主人公デズモンド(アンドリュー・ガーフィールド)は、軍隊に入隊しながらライフルを持たないんですよね。同僚らに疎まれて殴られ、軍法会議までかけられても誓いを曲げず、結果、負傷兵を助ける衛生兵として、銃を持たずに戦地に赴きます。見ていて、ふと思い出したのは「殺さずの誓い」を立てて、逆刃刀を手にした侍・緋村剣心を描いた「るろうに剣心」です。

 千歳 06年「アポカリプト」以来10年ぶりに監督を務めたメル・ギブソンの監督賞ノミネートは、ある意味サプライズでした。06年に飲酒運転で逮捕された時に警官に反ユダヤ的な差別発言をしたことが発覚し、10年にはかつての恋人オクサナ・グレゴリーバへのDVスキャンダルもありました。そんなギブソンの完全復活作品として日本では注目されるのでは?

 村上 もう1本、紹介したいのは作品賞、助演男優賞など6部門にノミネートされた「LION/ライオン~25年目のただいま~」(ガース・デイビス監督、4月7日公開)。インドで、5歳の少年サルーが兄と遊び疲れ、停車中の列車で眠っているうちに、列車が発車して故郷から遠くに運ばれます。サルーは迷子になった揚げ句、施設からオーストラリア人夫婦に養子に出されます。25年後、成長したサルーは、Googleアースなら家族を探せるかもしれないという、友人の言葉をきっかけに家族を探し始めます。少年がイタリアを出発し、アルゼンチンへ出稼ぎに出た母を探しに行った「母を訪ねて三千里」の、現代版とも言える物語です。

 千歳 実話だということに多くの人が驚き、感動したのは事実です。また、サル-の少年時代を演じた8歳のインド人子役サニー・パワールは本当に素晴らしい演技で、米国内でも彼のことを絶賛する人も沢山います。助演男優賞にノミネートさせてあげたかったとの意見もありました。無名な、経験もない子だけに、デイビス監督の演出の手腕もすばらしかったのかと。

 村上 「ハクソー・リッジ」も、太平洋戦争の頃の実話を描いた映画です。沖縄戦の場面では米兵と日本兵の激戦が展開され、その映像のすごさが話題となっていますが、僕はデズモンドが負傷した日本兵を助けたシーンが印象的でした。敵同士、殺し合いながらも、傷ついた人は助ける。米国の映画ながら、日本人を完全悪として描いていないところは日本人にも共感できるポイントだと思います。

 千歳 16年9月に世界3大映画祭の1つ、ベネチア国際映画祭でお披露目された際は、10分のスタンディングオベーションで大絶賛されたとニュースになりましたが、米国公開時は、さほど話題にならなかった気がします。米国人は、どちらかというと白黒はっきりさせることを好む傾向があるので、戦争を否定するわけでもアメリカ万歳という愛国心をあおる内容でもない同作は、中途半端で理解できないという人も多かったかも知れません。

 村上 物語自体は、デズモンドの真っすぐな生き方を描いており、分かりやすく、日本人にも見やすいと思いますが…国民性の違いはありますよね。余談ですが、「裏総括」第1回で配信事業のネットフリックスとネット通販のアマゾンがオスカーを受賞したことについて考察しましたが、「ハクソー・リッジ」を日本で配給するキノフィルムズは、木下工務店などを傘下に置く木下グループの映画製作、配給会社です。9日に都内でラインアップ発表を行いましたが、設立6年で年間24本と、メジャーの製作、配給並の数、しかも良作をそろえており業界関係者からも驚きの声が出ました。カンヌ映画祭の常連でもある河瀬直美監督(47)の新作「光」(5月27日公開)もラインアップにあり、賞レースを視野に入れる点においても、ネットフリックスとアマゾンと近いものを感じます。異業種から映画業界に参入し、新たな動きを起こす…日米ともに、映画業界は新たな時代を迎えようとしているのかも知れませんね。

 アカデミー賞でノミネートされた作品の多くが、日本では、これから公開されます。「裏総括」を参考に、劇場へ足を運んでみてはいかが?