第89回アカデミー賞が2月26日(日本時間同27日)、幕を下ろした。授賞式の最後に作品賞受賞作を間違え、「ラ・ラ・ランド」(デイミアン・チャゼル監督)から「ムーンライト」(バリー・ジェンキンス監督、3月31日公開)に急転する大混乱に加え、トランプ大統領の厳しい移民政策への反発が話題の中心になった。そんな今回のアカデミー賞の作品自体に、もう少しスポットを当てたい…かつてアカデミー賞の現地取材でタッグを組んだ、村上幸将記者と、ロス在住の千歳香奈子通信員が、あらためて今年のアカデミー賞を考えます。

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 村上 授賞式では、本筋の映画とは違うところで盛り上がった感がありましたが、僕はストリーミング配信事業大手・ネットフリックスの作品がノミネートされて、オスカーを取ったことが、新しい時代のうねりではないかと感じています。作品賞、助演男優賞など4部門にノミネートされた「最後の追跡」をはじめ、「13th-憲法修正第13条-」「最期の祈り」や「ホワイト・ヘルメット・シリアの民間防衛隊」の4作品が7部門にノミネートされ、「ホワイト-」の短編ドキュメンタリー賞受賞で初のオスカーを獲得しました。

 千歳 ネットフリックスは、オリジナル映画でオスカーを取ろうと数年前から綿密な計画を進めていました。14年に長編ドキュメンタリー「Square」で初めてノミネートされ、15年にはレオナルド・ディカプリオが製作総指揮をとった「Virunga」もノミネートされました。オンライン公開と同じ日に映画館でも上映する契約を、全米に15館展開する高級映画館チェーンと結んでいます。公開館数は少ないですが、オスカー候補の資格を得られるための足掛かりだと言われていて、それが功を奏しましたね。

 村上 アカデミー賞の選考対象になるためには、ロサンゼルス近郊の映画館で、1週間以上、商業上映をするなど条件があると思いますが、ネットフリックスは配信事業の会社。どうクリアしたのですか?

 千歳 アカデミー賞の長編部門は、ロサンゼルス郡内の映画館で連続7日間以上有料公開されたものが対象で、劇場公開より前のネット配信は予告編をのぞいてNG。劇場公開と同時のネット公開は認められます。「最後の追跡」は16年8月12日に、劇場公開と配信が始まりました。短編ドキュメンタリー賞についてはロスかニューヨーク、どちらかの劇場で連続7日間以上公開されたもので、劇場公開前にケーブルやテレビ、DVD、オンラインなどでの公開、配信をされていないことが条件です。

 村上 ネットフリックスは、オリジナルコンテンツ作りに力を入れており、日本でもピース又吉直樹の芥川賞受賞作「火花」をドラマ化し、NHKでも放送されています。今後、賞レースへの挑戦を含め、動きは加速しそうでしょうか?

 千歳 今年は「殺人の追憶」などで知られる韓国の実力派・ポン・ジュノ監督の「オクジャ」や、ブラッド・ピットの製作会社プランBが製作し、ブラピが主演する新作「ウォー・マシーン」、ウィル・スミス主演の「ブライト」などの公開を控えており、ますますハリウッドで存在感を強めていきそうな予感です。

 村上 もう1つの新しい動きは、ネット通販大手・アマゾンの映画産業への参入です。ケイシー・アフレックが主演男優賞でオスカーを獲得した「マンチェスター・バイ・ザ・シー」は、アマゾンが関わった作品として、脚本賞を含め初のオスカー受賞でした。司会のジミー・キンメル(49)はコメディアンらしく「アマゾンがオスカーを取ったら、オスカー像が2~5営業日以内に到着して配達人によって盗まれるかも」とジョークを飛ばして笑いを取りました。

 千歳 アマゾンは2015年頃から、ジェフ・ペゾスCEOが、「オスカーを本気で狙う」と公言しており、それが実現した形です。16年1月に潤沢な資金を使って、サンダンス映画祭で6本の映画の権利を獲得。オスカーを獲得するために劇場公開と同時にネット配信せず、劇場公開のみに限定しました。その中の1本が「マンチェスター・バイ・ザ・シー」で、16年11月中旬に一部の映画館で限定公開されました。報道では、アマゾンは1000万ドル(約11億5000万円)で購入したと言われています。「ムーンライト」の製作費が150万ドル(約1億7300万円)だったことを考えると驚きですが、興行的にも2月末時点で米国内で4686万ドル(約53億9000万円)の興行収入を挙げており、大成功。インターネット配信は17年5月の予定です。またイスラム圏7カ国からの入国を禁止する大統領令を発したトランプ米大統領に抗議し、授賞式出席をボイコットした、イラン人のアスガー・ファルハディ監督の「セールスマン」が、外国語映画賞でオスカーを受賞したことも話題になりましたが、こちらの配給もアマゾンでした。

 村上 映画各社は、両社の映画製作、配給への参戦を、どう見ていますか?

 千歳 既存の映画スタジオは「観客が映画館から遠のく」と、彼らの勢力が強まることに危機感を募らせていました。それだけに、彼らが実際にオスカーを手にしたことは、ハリウッドの大きな転換期になる可能性があると指摘されています。後にネット配信で稼ぐので、劇場収入を気にしなくても良いという利点も大きいですね。バニティー・フェア誌によると、米国内の映画館の興行収入は、100億ドル(約1兆1500億円)を、わずかに上回る程度で、19年ぶりに減少しているようです。

 次回は、主要賞は逃したものの、お勧めの作品を紹介します。