女優樹木希林さんについては、すでに余りあるほどほどのエピソードが伝えられています。それでも、ささやかながら、私も樹木さんに魅了された記者の1人でしたので、たった1つだけですが、一瞬で心をつかまれた話をさせていただきます。

2007年12月28日。樹木さんは、弊社主催の日刊スポーツ映画大賞で最優秀助演女優賞を初受賞されました。以前から樹木さんのユーモアあふれる性格に興味があったので、先輩の担当記者に頼んで、授賞式直後の取材に同席させてもらいました。

初対面の私は、式の最中から目に留まっていた、樹木さんが緩く首に巻かれていたえんじ色のネクタイについて尋ねました。「これは、有名ブランド品ではなく、早稲田大学の学生用ネクタイの気がしたのですが?」。すると「うふふ、そうみたいね。実は、古着屋さんで100円で買ったものよ」と、いたずらっぽいほほ笑みで明かしてくれました。

思わず「お世辞ではなく、本日出席の方々のファッションアイテムの中で、最もオシャレにハマっていました。とても100円の古着には見えませんし、そもそも100円のネクタイで授賞式に出席されるなんて、誰も想像しません!」と言いました。

ほかの俳優と女優が、当たり前に高級ブランドで身を固める晴れの舞台に、さりげなくワンコインの古着で出席…。樹木さんの本質を垣間みた気がして、個人的には、とても満たされた思い出となりました。

それから6年後の13年。前年12年に2度目の最優秀助演女優賞を受賞された樹木さんは、プレゼンテーターとして、再び日刊スポーツ映画大賞授賞式に来場されました。その姿にわが目を疑いました。またも、あのえんじ色のネクタイが巻かれていたのです。尋ねると、デジャブのようにほほ笑まれて、「うふふ、そうよ、あのときにあなたが褒めてくれたものだから、また付けて来させてもらったわ」と応えられました。

6年も前の、ほんの数分だけの記者とのやりとりを覚えていて、またもや、そのためだけに、さりげなく着用されて来ていたのです。いち記者の私と、再び会うかどうかも分からないにもかかわらずです。

実は、樹木さんが、ほかの授賞式にも、たびたびこのネクタイで出席されていることも、テレビのニュースなどで知っていました。そこを指摘すると「あなたが褒めてくれたもんだから、私も浮かれて着け続けていたのよ。それにしても、見てくれていたなんて、あなたも暇ね」とにっこり笑われました。

センスだけではなく、ハートもこのとおり。まさに大胆にして繊細。たった1つのネタだけで、鮮やかに胸を打ち抜かれました。演技や人生観について、いや、日々の雑談も…。もっと、もっといろんな話を聞いてみたかった方でした。