樹木希林さん(享年75)が亡くなってから8カ月余り。自ら企画し、最後まで製作に関わった映画「エリカ38」が6月7日から公開される。

主演は「時間ですよ」(73年)で共演して以来、45年の親交があった浅田美代子(63)。デビュー以来天然キャラ1本の彼女に、女優としてもうひと味付け加えておきたいと、樹木さんが女詐欺師の悪役をお膳立てした作品である。

浅田にインタビューする機会があり、樹木さんの用意周到ぶりを聞いた。フィリピンで60代の女詐欺師が逮捕されたのは昨年春。「聖子ちゃんカット」にショートパンツの若作りが印象的で、ワイドショーが飛びつく事件だった。「2人でテレビで見ていて、希林さんが『これは美代ちゃん絶対できるよ』と。いやあ、私にはこういう役は来ないからって返していたら、しばらくたって電話で『映画化するよ』と」と振り返る。

スタッフ、キャストの骨格はすでにできあがっていた。監督はニューヨークを拠点に活動する日比遊一氏。「『ドキュメンタリーが得意な人でね。この映画にはそういうタッチが必要だから』って、もう理由と目的が明確なんです」。相談を持ちかけたプロデューサーの奥山和由氏についても「大きな映画会社から追い出された人だけど、それでも映画が好きで根性がすわっている。こういう作品をまかせるにはぴったりの人なの」と説明があった。

「何から何までそろっていて、しかもパズルようにぴたりとはまっている。私には身に余るギフトでした」と浅田は目を潤ませた。

振り返ってみれば亡くなる半年前のこと。死期を悟っていたのだろう。娘のようにかわいがった浅田のために「新境地」を用意し、病床からも編集作業に心を砕いた。浅田にとっては今後の女優活動の幅を広げる貴重な「遺産」となった。

樹木さんはトロフィーのような形の残るものには執着しなかったが、周囲の心の糧になるものには腐心した。何を遺して、何を遺さないか。樹木さんの死に支度に改めて感服するばかりだ。【相原斎】