今年4月に母校立大の客員教授に就任して、講座「現代社会における言葉の持つ意味」を担当する、フリーアナウンサー古舘伊知郎(64)。来月5日には“ロックの聖地”の東京・新宿ロフトで、トークライブ「戯言(ざれごと)」を開く。テレ朝のプロレス実況で人気者になった古舘は1984年(昭59)に退社。フリーになって89年からはフジテレビでF1の実況を担当した。【取材=小谷野俊哉、山内崇章】

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F1はプロレスの後に食いついた。面白そうなイベントで、またしゃべりたいっていう自意識の塊でした。で、それがやっぱりF1村のモータースポーツファンには嫌だったと思うんですよ。古舘がやって来て、しっかり住民票も、届け出も出す前に、訳のわからないことを…。

89年の開幕ブラジルグランプリかな、リオデジャネイロのネルソン・ピケ・サーキットで、F1実況デビューしたんです。その時ももう、F1のことあまり分からないで突入して、「フェラーリのナイジェル・マンセルがピットイン!」ってやるんです。それが9秒、8秒くらいか、ちゃんとコンマ何秒の世界を伝えなきゃいけないのに、まるで、30分超えてしまったら700円バックしなきゃいけないっていうピザの宅配員みたいに…って。ピザの宅配なんかより、後輪がセットされたかどうかを実況しろって(笑い)。ずっとピザの宅配とか言ってるし、そりゃあ、ファンは怒ると思いますよ。

多分、フジテレビに抗議電話1200本っていう金字塔じゃないですか。「古舘を黙らせろ」「お前のトークショーじゃないんだバカヤロー!」っていうのが、今のネットだったら炎上どころじゃないでしょう。あの当時、元祖炎上ですよ。

それで、ブラジルグランプリやって、F1を分からないって非難囂々(ごうごう)で、その後パリに行ったのかな。「夜のヒットスタジオ」の衛星生中継。で、その時にブラジルグランプリの散々な評判を聞いたんですよ。だから、ネット社会じゃなかったんで、すぐには入ってこない。結構、改心して、そうか! と。

まず、F1のモータリゼーション、モーターファンのために、ちゃんと住民票を移して、一生懸命勉強して、この地域になじむよう、努力してまいりますという態度に変えなきゃと、本当に心底思いました。一生懸命、川井ちゃん(F1リポーター川井一仁)とか、(モータージャーナリスト)今宮(純)さんとか(ノバエンジニアリング)森脇(基恭)さんとか、F1のプロ中のプロに教えてもらいながら、ヨチヨチ歩きながら苦手なモータースポーツを勉強して、1年か2年くらいたってからじゃないですかね、認められたというか。F1の日本グランプリでワーっと声援がきました。

だから、素直になるって、自分のウケ狙いじゃなくて、人に、要するに舌先のサーバント(召し使い)として奉仕するというか、はい、っていうのを痛感したんですよね。プロレスの時はもっと若かったから、F1の時の方が、調子づいていたらいけないと思いました。

あの時の脳の構造がいまだに僕の中に強迫観念で残ってますよ。よく話題にするんですけど、F1脳になってまだ抜けきれないというか、ちょっと特殊なんです。どうやって実況するかっていうと、(画面に)顔は映ってないので、フルフェースで完全にスモークでかぶるじゃないですか、誰が誰かわからない。だから、競馬の実況のように、ヘルメットの色と勝負服で馬を見分けるのと一緒です。だから、マシンのカラーリングと色柄と、スポンサーのステッカーの場所。頑張って何を実況するかというと、パーンとどっかでコースアウト、誰が誰を抜いた、ピャーッとスプーンカーブで接触、誰だ! って、瞬時に言わないと。

だけど、僕なんかが歯が立たないような、大学生のF1オタクの頭いい子がアルバイトで、当時の河田町のフジテレビに雇われててサブコントロールにいる。僕はポルトガルグランプリを現地で実況してる。世界各国から取材陣が来てるフォーミュラワンですから、小さいブース、小さいモニターで見てるんですよ。現場でしゃべってるから古舘は一番見やすいね、野球でいうゴンドラみたいなところでね、全部みられるんじゃないかと錯覚している人がいるかもしれないけど、ホームストレート脇の、ほんとカイコ棚みたいなところで、こっちブラジル、こっちフランスの、みんなうるさい中でワーワーしゃべっている。

こっちは日本語でしゃべって、そこでこんな小さいモニターでやってて、テロップが出ないんですから。そこで、「レイトンハウスがクラッシュ!」とか、やってるわけですよ。そうすると、僕よりも早く、東京・河田町のフジテレビの生中継のサブコントロールで、アルバイトしている学生がすぐ、(マウリシオ)グージェルミン!と、パーンとテロップ入れるんですよ。もう、F1オタクで分かっているから。でも、そいつに勝ちたいわけですよ、俺は。

だから、そいつがテロップを入れる前に言いたい。だから、勝った、負けたの繰り返しで、あとで確認すると、テロップ入る前に、俺が先に反応してるんですよ。でも、そんなの見てる人、何も関係ないですから。テロップが出て俺が遅れると、「古舘は分かってない」とF1村の人が面白がるんですよ。

まあ、そんなことばっかりやってましたね、7年間くらい。今でも強迫観念ありますよ、パーンと(言葉が)出てこなきゃならないと。インカムつけてヘッドセット着けてしゃべるわけですけど、中継車に乗ってるディレクターが、今、国際映像でそのあとプロスト撮ってるけど、膠着(こうちゃく)状態にあるから、今フジテレビの独自カメラは鈴木亜久里をとってるから実況しろと指示がくる。

そうするとモニターテレビには、国際映像がありますから、スペイン・グランプリやってたらスペインのテレビが撮ってるメインの国際映像が流れてる。それでも鈴木亜久里が走ってるように実況しなきゃいけないんですよ。目に見えてないんですよ。そういうのもやりました。

で、何番手かというのはモニターに、11番手鈴木亜久里とか、8番手アグリ・スズキって出てたら、「8番手鈴木亜久里、おそらく、ダンロップコーナーあたりか」と。日本では見えてるから、「古舘!なんで、『あたりか』とか言ってるの?」と言うんだけど、こっちにしてみたらブラインド実況ですから。だからそういう強迫観念も残ってるんですよ。(続く)

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◆古舘伊知郎(ふるたち・いちろう)1954年(昭29)12月7日、東京都生まれ。立大卒業後の77年にテレビ朝日入社。同8月からプロレス中継を担当。84年6月退社、フリーとなり「古舘プロジェクト」設立。85~90年フジテレビ系「夜のヒットスタジオDELUXE、SUPER」司会。89~94年フジテレビ系「F1グランプリ実況中継」。94~96年NHK「紅白歌合戦」司会。94~05年日本テレビ系「おしゃれカンケイ」司会。04~16年「報道ステーション」キャスター。現在、NHK「ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ!」(木曜午後7時57分)司会など。血液型AB。