歌舞伎俳優市川海老蔵(35)が3日、東京のル・テアトル銀座の「三月花形歌舞伎」初日に出演した。先月、父市川団十郎さんを亡くした海老蔵は口上で、父や昨年12月に亡くなった中村勘三郎さんとの思い出などを話した。<海老蔵の口上>

 最初はシェークスピアの「オセロー」を上演する予定でしたが、オセロー役の父団十郎が体調を崩しまして、4月からの歌舞伎座のこけら落としに備えまして休演をいたしました。「三月花形歌舞伎」となった時に、公私ともに、大変お世話になっておりました中村勘三郎のお兄さまへの追悼の思いを込めまして、教えていただいた「夏祭浪花鑑」「高坏(たかつき)」を上演して、ご恩返しができればと思った次第です。

 勘三郎のお兄さまとは大変思い出が多くございまして、ここではとうていお話しできないようなことばかりでございます。例えば「高坏」をお兄さまがお務めした時、私は高足売を務めさせていただきました。その折も、お芝居が終わると、朝までお付き合いして、寝ずに「高坏」を務めたこともたびたびでした。

 お兄さまは歌舞伎のことを真剣に思い、父団十郎の家で口論となりまして、朝まで歌舞伎の話をしておりました。私は後輩なので先に寝ることができず、次の日は早くから(坂東)玉三郎のお兄さまと「吉原雀」を踊っておりまして、「早く寝たいなあ」と。

 「夏祭浪花鑑」は(米の)アリゾナでおけいこをつけていただきました。朝おけいこ、昼ゴルフ、夜はやはりお付き合い…。お兄さまといると一睡もできなかったというのが懐かしい思い出でございます。

 父の思い出も多くございまして、パリのオペラ座で「勧進帳」を務めるとき、口上をフランス語でやりたいと発案しました。その日からフランス語のセリフのコピーがいたるところに貼ってありました。でもここだけの話ですが、最後まで覚えられなかったのでございます。

 子供のころには、妹ぼたんと公園に、父が星をながめるからと大きな望遠鏡を持って出掛けました。30~40分かけて金星のありかをセットしましたが、私、何を血迷ったかそれを蹴飛ばしてしまいました。

 まだまだ尽きぬお話はございますが、偉大な父、偉大な先輩の勘三郎のお兄さまを失いまして、せめて教えていただいたことを受け継ぎ、魂、思いを受け継ぎまして精進、努力し、少しでもお兄さま、父に近づく努力をしてまいりますれば、何とぞ皆さま歌舞伎をご愛顧くださいますようお願い申し上げます。

 [2013年3月3日21時33分]日刊スポーツのオススメ