ここ数年、若いうちから舞台に挑戦する俳優、女優が増えているように感じる。今年も、前田敦子、有村架純ら売れっ子が、地道な稽古に時間を割く演劇の仕事に取り組んだ。誰かの初舞台を観るのが好きなので今年も可能な限り足を運んだけれど、どの挑戦者も肝が据わっていて、かっこいい結果を残していた。**********

 私が観ただけでも、今年の初舞台組は華やかだった。◆1月

 比嘉愛未「真田十勇士」(主演中村勘九郎、青山劇場)◆5月

 Kis-My-Ft2藤ケ谷太輔「コルトガバメンツ」(主演、パルコ劇場)◆7月

 前田敦子「太陽2068」(主演綾野剛、シアターコクーン)◆7月

 竹内結子、イモトアヤコ「君となら」(主演竹内結子、パルコ劇場)◆10月

 有村架純「ジャンヌダルク」(主演、赤坂ACTシアター)◆10月

 川口春奈「生きてるものはいないのか」(主演、青山円形劇場)◆11月

 山崎賢人「里見八犬伝」(主演、新国立劇場)◆12月

 滝本美織「ブエノスアイレス午前零時」(主演森田剛、新国立劇場)

 演劇関係者によると、人気者の初舞台が多く踏まれるようになった背景には、上演作数の増加で演劇制作の現場がカジュアルになったことが挙げられるという。既存劇団による運営が軸になっていた時代と違い、若手劇団や芸能プロダクション、劇場などによるさまざまな形のプロデュース公演が主流になり、俳優側に舞台出演のチャンスが増えた。天王洲銀河劇場を持つホリプロや、東京グローブ座を持つジャニーズ事務所など、演劇に力を注いでいる大手芸能事務所も少なくない。

 20年近く前、アイドル主演ドラマの撮影現場で、舞台出身の共演者から「目立つのはテレビドラマのアイドルばかり。どうせ俺ら舞台出身は注目されませんよ」とからまれたことがある。その言い分が本当なら、そんな時代はとっくに終わっている。常に複数の連ドラを掛け持ちする古田新太や生瀬勝久ら、演劇出身の実力派がドラマ界の中核を占め、今や演劇系はNHKの大河や朝ドラにも引っ張りだこ。舞台で経験を積むことが、逆にテレビドラマ出演の近道になっていたりもする。

 事務所や雑誌の大型オーディション、街角スカウト、モデル出身など、舞台とは無縁の入り口から俳優業をスタートさせた人たちには、舞台出演はステータスにもなっているようだ。速ければ3週間で撮れてしまう映画も少なくない中、稽古だけで1カ月近くかかる舞台に身を投じる。演劇記者会のベテラン記者は「お金を払って自分を観にきてくれた客の前に立つ責任はひとしお。身につくプロ意識は計り知れない。生の舞台で表現できてナンボという、必要なステップアップの場としてとらえている若手や事務所が増えているように思う」。

 実際、本人たちのコメントも、緊張というより誇らしげなものが多い。蜷川幸雄氏演出で初舞台を踏んだ前田敦子(23)は「とても悩みましたが、蜷川さんにお会いした時に『違う世界に連れていってほしい』と思うことができました。自分がどう変わっていくのか、何を見つけられるのか楽しみです」。有村架純(21)は「たくさんのことを学びたい。大勢のお客さまの前で全力を出し切れた時、どんな自分に出会えるか楽しみです」。川口春奈(19)は、観客として舞台を見ていた時のあこがれをパンフレットで語っている。「ナマの舞台に立ってお芝居をして、拍手を浴びている人の姿を客席から見ていると『本当にかっこいいなあ』って思うんですよね」とストレートだ。

 実際、みんな初舞台とは思えない堂々とした存在感を発揮していた。前田敦子は、アイドル育ちを感じさせないただれた役柄に身を置き、血を吐いてのたうち回るシーンは文字通りの「体当たり」だった。有村架純のジャンヌ・ダルクも、神の啓示を頼りに場違いな戦場でもがくジャンヌの姿が、初めてだらけの舞台を一直線にやり遂げようとする彼女の懸命さと重なって、すてきなジャンヌになっていた。

 パルコ劇場では、キスマイデビュー後の初舞台となる藤ケ谷太輔(27)の「コルトガバメンツ」も染みた。小学校時代はリーダー的存在だった陽気な男が、社会で挫折し、ひきこもりになったストーリー。「正しく生きる」ことがどんなハレーションと後悔を生むかという切なさをしっかり見せてくれて、チャーミングな結末も彼に合っていた。

 同じパルコ劇場では、三谷幸喜氏の「君となら」で初舞台を踏んだイモトアヤコ(28)も話題になった。三谷氏に「舞台をやりたい」と直談判して役をつかんでいる。お笑いでステージ慣れしているのか、初舞台とは思えないほど生き生きしていた。何より、声が大きいのが素晴らしい。さらに、この作品では主演の竹内結子(34)も初舞台。キャリアを考えれば意外な気もするが、公式サイトでは「私にもその機会が訪れたことが本当にうれしい」。圧倒的に面白い草刈正雄と丁々発止のやりとりで、肝の据わり方に大いに笑った。

 11月には、今や“壁ドン王子”として大ブレーク中の山崎賢人(20)が、「里見八犬伝」(新国立劇場)の主役で初舞台。NHK人形劇「新八犬伝」(73年)を見ているこちらにとっては驚きの新解釈ストーリーだったけれど、あらゆることに怒りを溜め込んだ若い暴走ぶりと、「やっと分かった、運命なんてクソくらえだ」と立ち上がる疾走感がエネルギッシュ。カーテンコールで「ありがとうございました」とお辞儀をし、客席に手を振っていたのも印象的だった。新国立劇場を満員にする人気にも圧倒された。

 残念ながら観に行けなかったけれど、先月は岡田将生(25)も蜷川氏演出の「皆既食」(シアターコクーン)で主演初舞台を飾っている。会見では「蜷川さんに1から教えてもらい、舞台の面白さを知った」。若手の舞台挑戦には、アイドルや若手を次々と舞台に上げてきた蜷川氏のような存在も大きい。つかこうへい氏の舞台がキャリアの分岐点になった阿部寛や広末涼子など、舞台がステップアップになった俳優の例は多い。

 やっぱり、目の前で俳優が動く舞台は面白い。来年はどんな人気者がフレッシュな立ち姿を見せてくれるのか、楽しみにしたい。【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)