歌手フランク永井さん(享年76)が10月27日に肺炎のため死去したことが明らかになった2日、代表曲「有楽町で逢いましょう」の舞台、東京・有楽町では歌碑に手を合わせ冥福を祈る人もいた。所属レコード会社は、長く闘病した永井さんは肺炎のため息を引き取ったと発表。永井さんと同時期に活躍したペギー葉山(74)、島倉千代子(70)らも日本ムード歌謡の第一人者の死を悼んだ。

 「有楽町で逢いましょう」の歌碑は今年7月、東京・有楽町マリオン前に建立された。銀座、有楽町の待ち合わせのメッカ、大時計のそばにあり、歌碑前にはこの日も大勢の人が訪れていた。中には、永井さんの冥福を祈り手を合わせる人もいた。72歳の男性は「永井さんの楽曲はやはり『有楽町で逢いましょう』。私の時代では、有楽町で映画を見てコーヒーを飲むデートにあこがれたもの。有楽町に行くこと自体もあこがれだった。当時、映画の入場料は150円だったかなあ」と懐かしんだ。

 自営業の60歳男性は、歌碑の前で高校時代の同級生との待ち合わせをしていた。「そばにいてくれるだけでいい~。この年になって『おまえに』を歌うと、若いとき以上に歌詞の良さが分かる。(永井さんは)いい歌が多かった。今日も同窓会は『有楽町で逢いましょう』ですね」としんみりと語った。

 同曲は57年に有楽町そごう百貨店開店のイメージ曲として制作された。同店は今、家電量販店となったが、大ヒットした同曲は今も街のシンボルだ。

 この日、永井さんが所属するレコード会社は、永井さんが肺炎のため死去したことを発表。残した歌声はシングルA、B面合わせ368曲、アルバムは80枚だった。

 永井さんは今年8月にかぜをこじらせて入院。その後、都内の自宅で静養していたが回復は思わしくなく、10月27日午後6時に死去した。葬儀・告別式は密葬で行われた。戒名は「永徳院道鑑慈調清居士(えいとくいんどうかんじちょうせいこじ)」で、お別れの会が行われるかは未定だ。

 永井さんは85年10月、東京・目黒の自宅で首つり自殺。一命を取りとめたが、会話が不自由になるなど脳に重い後遺症があり、リハビリ療養していた。夫人は長年、永井さんに付き添ったが92年に離婚。ここ数年は実姉の三根子さんと世田谷区の自宅で過ごしていた。