映画「社長シリーズ」などのサラリーマン喜劇をはじめ、映画やドラマで幅広く活躍したベテラン俳優小林桂樹さんが16日午後4時25分、心不全のため都内の病院で亡くなった。86歳だった。今年7月に軽い肺炎を起こして入院していた。今年3月、タレント小野ヤスシの芸能生活50周年を祝う会に出席したのが公の場での最後の姿になった。葬儀・告別式は近親者のみで済ませており、後日、お別れの会を行う。

 昭和を代表する名優がまた亡くなった。小林さんは今年7月に食事した際に誤飲。病院で診察を受けたところ、軽い肺炎を起こしていると診断され入院した。それまでは自宅周辺を散歩するなど元気だったが、入院後は体力も落ち、9月10日すぎに容体が悪化。16日夕、長男、長女ら家族にみとられて息を引き取った。

 昨年まで現役の役者として活躍した。07年1月放送のフジテレビ系ドラマ「拝啓、父上様」に出演し、同年初めには83年から主演するテレビ朝日系2時間ドラマ「牟田刑事官事件ファイル」シリーズの33作目(07年6月放送)の収録に参加した。07年に55年の結婚以来連れ添った洋子夫人が亡くなったが、仕事への意欲は衰えず、昨年5月には遺作となった映画「星の国から孫ふたり」に幼稚園の園長役で出演した。体調を気遣って撮影は1日だけだったが、関係者によると、撮影を前に毎晩寝床でせりふを覚えたが、なかなか覚えられず苦しんでいた様子だったという。

 昨年11月に映画「社長シリーズ」で小林さんがまじめな秘書役で共演した社長役の森繁久弥さんが亡くなり、葬儀では「悪口を言い合いながら撮影を楽しんでいた」と思い出を話した。今年3月には、都内で、仲人を務めた小野のパーティーに出席。小林さんは左とん平、毒蝮三太夫に手を引かれて登壇し、あいさつした。報道陣の囲み取材にも応じたが、言葉少なだった。

 日大芸術学部中退後、朝日新聞でアルバイト中に映画の世界にあこがれ、42年「微笑の国」でデビュー。51年に千秋実さんの代役で主演した映画「その人の名は言えない」で注目され、同年「ホープさん」に主演し、明るいキャラクターが買われ東宝と専属契約。「三等重役」「一等社員」「社長」シリーズなどサラリーマン喜劇映画の常連となり、人気スターとなった。サラリーマンの哀歓をユーモラスに演じ、同時期の植木等さんの「無責任男」シリーズとは好対照な、とぼけた中に正義感あふれる役柄が共感を呼んだ。

 映画「裸の大将」で画家山下清さんを好演し、松山善三監督「名もなく貧しく美しく」や岡本喜八監督「江分利満氏の優雅な生活」でのシリアスな役で各映画賞を受賞するなど演技力も高く評価された。テレビでもNHK大河ドラマ「竜馬がゆく」で西郷吉之助、「春の波濤」では福沢諭吉を演じ、朝の連続テレビ小説「かりん」や「赤ひげ」に出演。2時間ドラマも「牟田-」のほか、89年から05年まで「弁護士・朝日岳之助」シリーズに主演するなど、幅広い芸域で活躍。66年にはTBS系ワイドショー「おはよう・にっぽん」の司会を務めた。

 桂樹の名は五輪の勝利のシンボル月桂(げっけい)冠のもととなる月桂樹から命名された。98年に舞台「天涯の花」の公演直前に狭心症で降板し、01年に主演ドラマ「からくり事件帖」を夏ばてによる体調不良で途中降板したことがあったが、大きな持病はなかったという。

 [2010年9月19日9時16分

 紙面から]ソーシャルブックマーク