コント55号で国民的人気者だったコメディアンで俳優の坂上二郎(さかがみ・じろう)さん(本名同じ)が脳梗塞再発のため10日午前9時40分、栃木県那須塩原市の病院で亡くなった。76歳だった。

 二郎さんは昭和9年生まれの芸能人で構成される「昭和九年会」のメンバーだった。ワイワイと集まるだけでなく、チャリティーでゴルフやファッションショーを行うなど、社会貢献を目的にしていた。

 メンバーは一様に「元気が良くて明るい人」だったと語る。ムードメーカーだった二郎さんの訃報にメンバーも驚き、悼んだ。

 俳優藤村俊二は「元気印のトップでした。よく皆で亡くなる順番を話したりしてましたが、二郎さんが最後だろうと言ってました。全員の香典を払ってから亡くなるって…。明るく旅立ったと思います。待っててくれと言いたいですね」と話した。また、03年に二郎さんがゴルフ場で倒れる数カ月前、藤村のバーで飲んでいて倒れたことがあったことも明かした。その時は救急車を呼ぶまでの事態にはならなかったという。

 俳優愛川欽也は「元気な姿しか思い浮かびません。コント55号はバラエティー界にいいものを残してくれた」と功績をたたえた。62歳の時に会に入ったフリーアナウンサー山本文郎は「妻を亡くした後、よく食事に誘ってくれて励ましてくれました。立ち直れましたね。再婚した時もすごく喜んでくれて、優しくて温かい人でした」と話した。橘家円蔵も「いつも周りを気遣って、明るい人。会の中でお笑いは、僕と二郎さんしかいなかったのでよく話をしました」と思い出を語った。

 二郎さん所有のキャンピングカーに皆で乗り込むこともあったという。すでに鬼籍に入ったメンバーもいるが、二郎さんはその中でも笑いの中心にいるだろう。

 ◆昭和九年会

 二郎さんをはじめ、愛川、藤村、長門裕之、牧伸二、玉置宏さんが中心になり、34年ほど前につくられた。メンバーが42歳のころで「厄年を過ぎ、楽しく社会貢献をしよう」という目的だった。チャリティーゴルフ大会や救急車の寄贈なども行ってきた。ほか山本文郎、財津一郎、大橋巨泉、初代引田天功さんらがメンバー。