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阿曽山大噴火コラム「裁判Showに行こう」

トンボ鉛筆会長の犯罪、名は体を表すと言うか…

 文芸春秋の今月号に「裁判員制度のウソ、ムリ、拙速」って記事が載っているんだけど、なかなか興味深い。元裁判官の意見が載っていて、裁判官制度の問題点なんかにも言及してるんですよ。

 さらに、先週の週刊朝日には鳩山邦夫法務大臣のインタビューが載ってて、これも面白い。裁判員制度はやってみて見直せばいいとのこと。

 裁判員制度自体に反対している人がたくさんいるのは知ってるけど、法曹関係者のこの手のコメントが発表されるのはよいことですね。両方の意見が出てくる方が健全でしょ。一方的に「素晴らしい制度ですよー」と宣伝されてる方が気持ち悪いからね。

 新しいルールが100点満点の状態で始めることなんか無理なんだから、徐々によくしていけばいいんですよ。裁判員候補者名簿の作成まで1年切ってるんだよなぁ。スタートまであっという間だ。

 さて、今回は10月16日に行われた小川洋平被告人(59)の裁判傍聴記。罪名は覚せい剤取締法違反と大麻取締法違反。文具メーカー「トンボ鉛筆」の会長・小川洋平が豊島区のホテル客室内で、覚せい剤5・7グラムと大麻樹脂2グラムを所持した疑いで、覚せい剤取締法違反と大麻取締法違反の現行犯で8月に逮捕された事件で大きく報じられましたね。数カ月前に「ホテルで覚せい剤を使用している」との情報があり、客室を家宅捜索したところ、ズボンのポケット内、ベッド上の小物入れから覚せい剤を大麻が見つかり、自宅の家宅捜査では、覚せい剤が入っていたとみられる空の袋も発見された。調べに対し「好奇心があり自分で使うために持っていた」と供述したという。報道によると、こんなところですね。

 超がつくほどの一流企業の会長というポストをこの件で退くことになったんだよなぁ。自業自得なんだけど、これだけ大々的に報道されることも分かってただろうに。

 検察官の冒頭陳述によると、被告人は大学を卒業した昭和46年(1971年)にアメリカ留学し、昭和49年(1974年)に帰国。父親が社長だったトンボ鉛筆に入社し、昭和54年(1979年)~同61年(1986年)には、ドイツ、アメリカで海外勤務。平成3年(1991年)に社長就任、平成14年(2002年)には会長に。会長になった頃からMDMAを使用し、平成15年(2003年)からは覚せい剤を繰り返し使用していたらしい。

 ここまで被告人の経歴を読み上げる冒頭も珍しいんだけど、ちゃんと意味があるんですね。というのも留学中だった25歳の頃、マリフアナを経験していたらしい。アメリカでの使用なので本件とは関係ないんだけど心証を悪くする作戦なんでしょう。他にも長期間海外で勤務している、と。

 事件に関しては報道の通りなんだけど、自宅を捜索した際、MDMAがあったというわけで麻薬及び向精神薬取締法違反でも起訴されていました。

 まずはトンボ鉛筆の監査役の人が出廷して証人尋問です。しかし、これが事件とは全く関係のない話ばかり。トンボ鉛筆の歴史や被告人が会社の改革に一役買ったことや、修正テープの開発に関わったことなど。すると、警察官が立ち上がって、

 検察官 「本件とは関連のない質問が続いているようですが」
 弁護人 「これは被告人の情状ですから! トンボ鉛筆での貢献、そして世界に対しての貢献を立証しているんです」

 これを聞いて裁判官は困った顔しながら、

 裁判官 「情状と言っても程度があると思うんで…、ま、ポイントを絞って」

 と、注意してました。10分以上も会社の話されたら、こんなこと言われても仕方ないか。それでもゲルインキボールペンの話などが出てきて、質問終了。この後は被告人の妹が証人として出廷して、今後一緒に生活して監督する旨を証言していました。
 で、被告人質問です。

 弁護人 「今の気持ちは?」
 被告人 「社会に対して申し訳ないのと、この産業に関する人たちにお詫び申し上げたいです」
 弁護人 「日本で違法薬物を使用したのはいつですか?」
 被告人 「約5年前です」
 弁護人 「きっかけは?」
 被告人 「外国人女性から“やってみないか”と誘われまして」
 弁護人 「種類は?」
 被告人 「エクスタシーと呼ばれるものです」
 弁護人 「手を出した原因は何ですか?」
 被告人 「会長になる前なんですけども、(業績が)厳しい状態でありまして。それが業績が回復して気が緩んじゃったということですね」

 この手の裁判では会社が厳しい状態で、その重圧から逃げるためって理由はありがちなんだけど、業績が回復したって理由が変わってますね。

 弁護人 「検察官の主張だと(会長になった)平成15年3月から覚せい剤を繰り返し使っていたと。すでに社長の重責からは解放されていたのではないですか?」
 被告人 「会長職というのは、社長を立てる役職といいますか、今までの力がなくなっていくんですよね。淋しさ、焦燥感で続けてしまいました」

 気の緩みで始まり、淋しさで続いたと。

 弁護人 「所持していたのが4グラムって、多いんですが」

 これは気になったところ。自宅に置いていた覚せい剤も含めると5グラムちょい。これは売人として逮捕された事件なら珍しくはない量なんだけど、使用者としてはかなり多いんです。この問いに対し、

 被告人 「購入の機会を減らすため、多めに買ってしまったということです」

 それにしても多いんだよなぁ。相当なまとめ買いです。

 弁護人 「あと、大麻も所持していたようですが、使用してたんですが」
 被告人 「売人の方がオマケみたいに感じで、サンプル的に“よかったら買うだろう”と、(覚せい剤に)つけてくれたんです。取引はそそくさと済まされるので、時間があれば返したかったんですが、短時間で渡されますので。(大麻は)使ってません」

 覚せい剤を大量に買うと、大麻がオマケでついてくるんですね。初めて知りました。鉛筆をたくさん買ったら消しゴムをおまけにつけるようなものかな。
 この後は2度と違法薬物に手を出さないことを誓って質問終了。

 検察官 「5年前にMDMA-エクスタシー-を使用した、と。何歳でした?」
 被告人 「…55…ですが」
 検察官 「その歳でねぇ。悪いものと思ってたんですか? 良いものだと思ってたんですか?」
 被告人 「法律的な知識はございませんけど…」
 検察官 「そんなこと聞いてるんじゃなくて、どう思ってたかですよ」
 被告人 「いいもんではないと思ってました」

 回りくどい言い方をする被告人に対し、ちょっとイライラしている検察官。

 検察官 「覚せい剤は週に何回使用してました?」
 被告人 「2、3回…」
 検察官 「多いときは?」
 被告人 「4、5回」
 検察官 「それだけ使用してて、影響ありませんでしたか?」

 すると被告人は覚せい剤の悪影響を恥ずかしそうに語り始めました。

 被告人 「部屋が乱雑になったりですね(照れ笑い)、コミュニケーションがとりづらくなったり」
 検察官 「(苦笑)部屋が乱雑なのは覚せい剤のせいなんですか」
 被告人 「刑事さんがそう言ってました」

 多分、この程度の影響しかなかったから、続けてしまったんじゃないでしょうか? そして、被告人の認識の甘さが露呈してしまいます。

 検察官 「覚せい剤の症状は、まず依存症。そして、脳がやられる。精神障害になって犯罪を起こす場合もある。覚せい剤を使用して、行きずりの人を傷つけるという事件、知りませんか?」

 熱弁をふるう検察官に対し、被告人の答えは、

 被告人 「私の知る限りでは、ございませんけど」

 え? その手の事件は、ちょくちょくニュースでやってると思うけど。テレビも新聞も見ないのでしょうか。自分が使っている薬の効能くらい覚えといてほしいもんだ。この後、検察官が懲役2年6月を求刑。そして、被告人の最終陳述です。

 被告人 「私にとって違法薬物は、身体の依存ではなく、精神的な依存であると考えていますので、精神力を強く持てば必ずやめられると思います」

 と、述べて閉廷。

 5年間止められなかったんだから、もうすでに身体の依存だと思うんだけどね。トンボ鉛筆の会長が逮捕なんてことになれば、多大な迷惑がかかるのに、それでも歯止めがかからないとは。さらに、薬物中毒の人が事件を起こしている現実を知らない。部屋が汚くなったことで照れ笑いしてるし。

 あまりにも覚せい剤に対する認識が甘いですね。ノンキ、いや、極楽とんぼといったところでしょうか。

阿曽山大噴火(あそざん・だいふんか)

阿曽山大噴火・写真

 本名:阿曽道昭。1974年9月12日生まれ、山形県出身。大川豊興業所属。趣味は、裁判傍聴、新興宗教一般。チャームポイントはひげ、スカート。裁判ウオッチャーとして数多くの裁判を傍聴。 月刊誌「創」に裁判傍聴日記の「アホバカ裁判傍聴記」を連載している。主な著書に「裁判大噴火」(河出書房)。

 パチスロはすでにプロの域に達している。また、ファッションにも独自のポリシーを持ち、“男のスカート”にこだわっている。定住する家を持たない自由人。パチスロと裁判傍聴で埋めきれない時間をアルバイトで費やす日々。



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