佐賀は偉大である。

 来年2018年は明治維新から150周年。その明治政府中枢に登用された副島種臣(外務卿、内務大臣)、大木喬任(東京府知事、文部卿)、江藤新平(司法卿)、大隈重信(大蔵卿、早稲田大学を開校)らはいずれも佐賀県人であった。時代に、多くの人材を供給した。

 維新を推進した薩長土肥(薩摩藩、長州藩、土佐藩、肥前藩)、そのうちの「肥」こそ佐賀藩、佐賀県のことである。

 歴史をさかのぼれば、佐賀藩十代藩主・鍋島直正(閑叟)は城下に医学館、反射炉を設置するなど開明の人であった。科学技術を取り入れることに積極的なその政策は、後にアームストロング砲の自藩製造にこぎつけたといわれ、ペリー来航に伴う江戸防衛の先鋒(せんぽう)としてその砲塔はお台場に鎮座した(結果的には、一度も砲門を開くことなく開国、幕府は瓦解するのだが)。竹林ならぬ「佐賀の七賢人」、面目躍如であろうか。

 司馬遼太郎の中短編小説「アームストロング砲」は、こう書き出している。

 「幕末、佐賀藩ほどモダンな藩はない。軍隊の制度も兵器も、ほとんど西欧の二流国なみに近代化されていたし、その工業能力も、アジアでもっともすぐれた『国』であったことはたしかである」-。

 余談ながら、当方夫婦の仲人は佐賀県人であった。大手全国紙の編集幹部を務めたが、高齢になったつい最近まで東京から愛車ビートルを駆って郷里を往復し、服装は常にネイビーブルー(元海軍、である。スーツ、ネクタイも紺一色。数十着持っており、季節ごとに着替えた)で、口癖は「トサカにきた!(アタマにきた!)」で、直情の人であった。

 というわけだが、今回は「維新の元勲」の謦咳(けいがい)にはご遠慮いただいて、観光PRが主眼、首都圏から遠い佐賀の魅力を求めてやってきた。

 さっそく、県中央にある小城市を訪問、「清水寒鯉まつり」に出くわした。鯉は、脂の乗りが一番良い寒い時期が最高だそうで、訪れた名店「鯉しげ」(小城市小城町松尾2261)では清水の清らかな水でさらし、川魚独特の臭みを抜き、新鮮な鯉の身を薄く捌いて流水に打たせた一品を堪能した。自慢の酢味噌タレにつけていただく、淡泊な味わいのなかにも、確かな歯触りがある。周囲に9軒の鯉料理店があり、いつでもその味を楽しめる。

小城市の「寒鯉料理」
小城市の「寒鯉料理」

 さらに出された「三瀬(みつせ)とり鍋」は、新鮮なみつせ鶏のモモ肉と、たっぷりの野菜を自家製の割り下で、さっぱりヘルシー。フランスの優良肉用鶏をルーツに、植物主体の独自配合飼料で育てられた三瀬鶏は、佐賀の山間が生んだ逸品で、歯ごたえとやわらかさのバランスは東京では味わえないおいしさだ。

 その足で武雄神社(武雄市武雄町大字武雄5335)を訪ねる。神社の脇から奥に進む竹林を抜けると突如現れる、「武雄の大楠」は樹齢3000年という、知る人ぞ知るパワースポット。一方、境内の、2本の夫婦ヒノキは、恋愛成就や各種縁結びを求めて人気上昇。2本は根本で結ばれ、また枝も途中から繋がれた様子から信仰の対象になったとか。

 ところで佐賀と言えば鍋島焼。有田・伊万里があまりにも有名だが、訪れたのは「吉田皿屋トレジャーハンティング」(詳細は、肥前吉田焼窯元会館=佐賀県嬉野市嬉野町大字吉田丁 嬉野町吉田丁4525-1)。ご当地・吉田地区は江戸時代より鍋島藩主の奨励で磁器産業が栄え、400年以上にわたり続く「肥前吉田焼」の産地。窯元・商社計8社で肥前吉田焼を守り続ける小さな産地だが、その中で唯一の卸商社が、創業150年の老舗陶磁器問屋「ヤマダイ」。海外との貿易が栄えた明治時代には、肥前の焼き物商社として販路拡大に貢献したという。

吉田皿屋のトレジャーハンティング
吉田皿屋のトレジャーハンティング

 説明によれば「ヤマダイの倉庫には、歴代の当主が買い付けた年代物の器が多数眠っており、吉田皿屋トレジャーハンティングでは、この中から宝探しのようにお気に入りの器を探し、カゴいっぱいに詰めて持ち帰ることができます」とのこと。指定のカゴを持って、いよいよトレジャーハンティングスタート。倉庫の中には、お皿やお茶碗、湯呑み、どんぶり、小鉢や酒器、醤油差し、使い方のわからないもの、見方によっては珍しいものまで多種多様な品が揃っていて、そのどれをお宝と感じるかは、あなた次第、というわけだ。

 ◆吉田皿屋トレジャーハンティング ★定員:1日先着10人(予約制)開放時間:午前9時30分~正午。料金は、1カゴ5000円コース/1万円コース=現金のみ。予約方法は、吉田皿屋トレジャーハンティング公式WEBサイト。(前日午後5時、まで)

 宿泊は、日本三大美肌の湯・佐賀嬉野温泉を堪能しよう(詳細はHP「嬉野温泉観光協会」で検索)。九州屈指の名泉で、源泉は17ヶ所で湯量もタップリ。食塩と炭酸を含有したアルカリ性の湯は良質で、汲み上げ時の温度は約100度ある。江戸時代は長崎街道の宿場町として栄え、名物はお茶と、とろける温泉湯豆腐(これが絶品だ)。

 ほかにも、小城市の羊羹(ようかん)、そのシュガーロードは甘党垂涎(すいぜん)だ。さらにかき料理発祥の地・太良町の海中鳥居、佐賀バルーンミュージアム(佐賀市。アジア初のバルーン博物館)、なんと参詣用エレベーターが新設された祐徳稲荷(いなり)神社(鹿島市)、ユネスコ無形文化財「唐津くんち」の曳山(ひきやま)展示場、観音の滝(唐津市)、世界遺産登録・三重津海軍所跡に代表される佐賀三大遺産(佐賀市)など、その魅力は尽きない。

 やはり「佐賀は偉大である」-。

 ◆詳細は、佐賀県観光連盟の公式サイト「定番から穴場スポットまで佐賀をまるっと楽しむ!あそぼーさが」で検索。サイト内で、各市町村の観光情報も入手出来る。

【文化社会部編集委員・石井秀一】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「新聞に載らない内緒話」 2017年2月)