奈良にやってきた。

 ご当地を訪れるのは中学校の修学旅行以来である。東大寺、法隆寺…奈良公園で鹿をからかって帰ってきた。教科書をなぞってだけの旅であった。奈良は遠い昔の記憶、街でしかない。

 もっとも今回、街を巡ってみて思うこともある。「どうやらこの地は、ガキの来る場所ではないなぁ」という実感である。よく言えば世俗にまみれることもなく、何もかもが昔のまま。あえて言うならここは“人生の修学旅行”にふさわしい、抹香臭い年回りになって初めて、訪ねるべき土地ではあるまいか。

 というわけで、東京からJR東海・のぞみ、近鉄特急を乗り継いで、春爛漫「うまし うるわし 奈良」、桜井・吉野を訪ねる。目指す古(いにしえ)は「キトラ古墳壁画体験館 四神の館」(奈良県高市郡明日香村阿部山67)である。昨年9月、国営飛鳥歴史公園の5番目の地区となるキトラ古墳周辺地区に開館した。

キトラ古墳体験館。古(いにしえ)の宇宙を感じる
キトラ古墳体験館。古(いにしえ)の宇宙を感じる

 それにしても、「キトラ」とはなんぞや。はたまた何故、「キトラ」とカタカナ表記なのであるか。集落の名前「北浦」がなまって、キトラになった説。もうひとつは壁画に描かれていた、玄武=亀と、白虎=虎を見て、キトラになったとの2説あるそうだ(“キトラ”にふさわしい漢字もまた、無いのであろう)。

 古墳石室内には、四神、十二支、天文図、日月の壁画があり、「四神」とは天の四方を司る神獣のこと。方位に合わせて、東壁に青龍、南壁に朱雀、西壁に白虎、北壁に玄武が描かれている。高松塚古墳では、盗掘により南壁の朱雀が失われていたため、我が国で四神の図像全てが揃う古墳壁画はキトラ古墳壁画のみ、と説明された。

 で、ここで何故か大相撲。

 おしん横綱・稀勢の里の活躍で耳目を集めたのはご存知の通りだが、その戦いの場「土俵」には昔から神様がいるとされる。土俵上方、吊り屋根にぶら下がっている4色の房(ふさ)。あれが「四神」を象徴する。

 この房、時計回りに正面は黒。東は青、向(むこう)正面は赤、西は白で、この4色の房がそれぞれ象徴しているのが神獣、黒・玄武、青・青龍、赤・朱雀、白・白虎というわけ。「あかぶさした、寄り切り!」などとアナウンサーが怒鳴っているのがこの神獣のいる方向というわけだ。

 落語にも登場する。江戸の料理屋「百川(ももかわ)」の奉公人・百兵衛。信州訛りの抜けぬこの男と、居合わせた魚河岸の若衆のチャキチャキの江戸弁がかみ合わず、祭りには欠かせぬ「四神旗(しじんき)」を巡って大騒動に発展する。最近ではあまり高座には上がらないようだが、六代目三遊亭円生がうまかった。是非一度、お聞きアレ。

 ちなみに「四神」の黒、青、赤、白は日本人にとっての原色といわれ、その色彩感覚の象徴であるらしい。

 もっともこの4色だけでは寂しい向きには、色とりどりのランチを提供したい。

オーベルジュ・ド・ぷれざんす 桜井
オーベルジュ・ド・ぷれざんす 桜井

 連れてこられたのが「オーベルジュ・ド・ぷれざんす 桜井」(奈良県桜井市高家2217)。ちなみに「オーベルジュ」とは、主に郊外や地方にある宿泊設備を備えたレストラン。「奈良県産の伝統食材『大和野菜』を使った本格フランス料理と客室から臨む大自然。お腹も心も満たせる憩いの空間です」とは店の説明。

 大和の伝統野菜とは、戦前からの生産が確認されている品目を指し、地域の歴史・文化を受け継いだ独特の栽培方法等により、「味、香り、形態、来歴」などに特徴をもつもので、18品目(宇陀金ごぼう・片平あかね・大和まな・筒井れんこんなど)を認定。その彩りは黄あり、紫あり、茶ありとその多彩が鮮やか。オシャレな昼食を堪能した次第(画像は朝食の一例)。詳細、宿泊はHP「オーベルジュ・ド・プレザンス 桜井」(電話0744・49・0880)で検索されたい。

 最後はご当地「柿の葉ずし総本家平宗」(吉野本店=奈良県吉野郡吉野町飯貝614=電話0746・32・2053、HP「柿の葉ずし総本家平宗」検索)で「柿の葉ずしの手作り体験」(約45分=季節限定、要確認)。鯖・鮭の8個入りを手作り、奈良の文化を手軽に味わって大満足。

 にわかに柿好き、正岡子規を思い出した。「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」ではなく、

 「柿くふも今年ばかりと思ひけり」

 晩年の、子規の病床を詠ってちょいと寂しい。

                   ◆

★奈良(桜井・吉野)観光情報は、JR東海のHP「春爛漫『うまし うるわし 奈良』談山神社編」で検索。とっておきの奈良が楽しめる。

談山神社。万緑に圧倒される
談山神社。万緑に圧倒される

◆談山(たんざん)神社(奈良県桜井市多武峰319) 藤原鎌足公が中大兄皇子と大化改新の密談を交わしたことから「談い(かたらい)山」と呼ばれ、社名の由来となった。世界唯一である木造の十三重塔を持つ。「青もみじ」、新緑あふれる境内は、縁結び、就職祈願に効くパワースポット。詳細はHP「談山(たんざん)神社」「桜井市観光協会」で検索。

◆金峯山寺(きんぷせんじ=吉野郡吉野町吉野山2498) 本尊は金剛蔵王大権現で、今から1300有余年前、金峯山山上ヶ岳に役行者が一千日の修行に入り、感得された権現仏。権現とは権(仮り)に現われるという意味で、本地仏の釈迦如来(過去世)、千手観音(現在世)、弥勒菩薩(未来世)が権化されて、過去・現在・未来の三世にわたる衆生の救済を誓願して出現した。詳細はHP「金峯山寺蔵王堂」で検索。

◆花矢倉展望台(吉野郡吉野町吉野山) 桜の名所としてあまりにも有名。吉野の景色が一望できる。今は新緑真っ盛りだ。詳細はHP「吉野山観光協会」で検索。

◆竹林院群芳園(吉野郡 吉野町吉野山2142) 聖徳太子の創建と伝わる寺院で、格調高い宿坊としても有名。護摩堂に安置されている聖徳太子坐像は南北朝時代の作。庭園の群芳園は千利休が作庭し、細川幽斎が改修したといわれ、 大和三庭園のひとつにもなっている。詳細はHP「吉野山観光協会」で検索。

【文化社会部編集委員・石井秀一】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「新聞に載らない内緒話」 2017年4月)