社会現象となった「君の名は。」のほか「怒り」「何者」など話題の映画をプロデュースし、2016年最大のヒットメーカーとなった東宝プロデューサー川村元気さん(37)が、3作目の小説「四月になれば彼女は」を出版した。大人の恋愛小説はなかなか売れない時代だが、川村さんが描く男女の物語は、昨秋の発売から11万部を超えるベストセラーになっている。映画と小説、ジャンルを超えてヒット作を生み出す川村さんに時代を捉える仕事術を聞いた。

 僕は映画もつくるし、小説も書くし、絵本も書くという人間で、何やっているんだろうと自分で分からなくなっていた時期があったんです。そんなとき、「仕事。」という対談集で谷川俊太郎さんにお話を聞く機会があって、谷川さんは「僕は絶えず集合的無意識にアクセスしたいと思っているんですよ」とおっしゃったんです。そのときに自分の仕事はそれだと思ったんです。みんながすごく感じているけど、言葉にしていないことを物語にして表現すること。谷川さんのおかげです。

 映画も小説も伝統的な作法を研究してからつくります。その上でどう新しいものを表現するか、すごく考える。「君の名は。」もラブストーリーの作法を踏まえて、アニメーションならこういう表現ができる、音楽をどう入れたら新しい表現になるか考えていました。「四月になれば彼女は」を書くときも「源氏物語」から「ノルウェイの森」まで読みました。気付いたのは男って何もしないこと。光源氏もワタナベ君も待っているだけで何もしない。周りの女性はとても多様で魅力的です。女性の多様性をもって恋愛を描くのが伝統芸なんだと思った。「源氏物語」も「ノルウェイの森」も男と女が出会って恋に落ちるのが前提になっている時代の物語です。でもその前提はとうに崩壊している。男と女が出会っても恋愛できない、一緒にいても恋愛感情が喪失していくことを止められない時代の物語にすると、新しい表現になる、集合的無意識に届く物語になるんじゃないかと思った。意外だったのは韓国、中国、台湾からものすごいスピードで翻訳のオファーがあったことです。日本だけでなく韓国、中国、台湾でも感じていたのだと思いました。

 ある程度プロットを決めて書き始めますが、プロット通り書いているところって全然面白くならないんですよね。先が見えない中で思わぬ啓示を登場人物たちからもらうのが小説の面白さ。「私たちは愛することをさぼった」という一文をタイプしたとき、自分でギョッとしたんです。隠していた気持ちを登場人物に教えられたって。多分、それが読者が読んでいて面白いところで、予定調和で書いているところは見透かされちゃっているんだろうなって思いました。李相日監督や新海誠監督が粘って粘って予定調和を超えていく瞬間を見ているから、自分も小説を書くときはそういうふうにアプローチするしかないと思っています。

 いろんな方から「小説書かないか」と言っていただいたんですけど、調子に乗って小説書いて失敗するのをいっぱい見てきたので、そんな危ないことやるかと思っていたんです。でも「仕事。」で沢木耕太郎さんや横尾忠則さんに「危ない橋を渡りなよ」と言われました。恐怖しかなかったですけど、小説を書いて、いかに音が映画にとってアドバンテージなのかということに気付いたんですね。「世界から猫が消えたなら」の後半で「ここ音鳴らしたいな」と思っても小説は当然、音が鳴らないですから。そこからです。「バクマン。」でサカナクションの音楽を持ってきたり、「怒り」で坂本龍一さんだったり、「君の名は。」でRADWIMPSに音楽をやってもらったりとか、音楽を中心に据えた映画をつくろうとかなり意識するようになりました。

 取材に1年くらいかかるんです。「四月になれば彼女は」も20~50代の男女100人以上に取材しました。「世界から猫が消えたなら」は「死」、2作目の「億男」が「金」、3作目が「恋愛」です。何でこの3つにしたかというと、人間が自分でコントロールできない問題だからです。3つ書いたときに、死ぬことよりも残酷なことを見つけました。それは生きながら愛する人を忘れていくこと。今、記憶の話を書こうと思って、認知症の取材をずっとしています。つらいです。取材をしてレイヤー(層)をこつこつためていく。あふれるくらいためて書き始める感じです。

 「四月になれば彼女は」に出てくるボリビアのウユニ湖、プラハ、アイスランド、インドのカニャークマリ。全部行きました。趣味が1人旅でバックパッカーです。年に1度、1人で行って自分の価値観がどうでもよくなるような時間を過ごす。東京にいると、大体こうだなというのが見えてきます。だから仕事があいたときに2週間くらい取って行くんです。今、すごく南極に行きたいんですけど、アルゼンチンの最南端からさらに2週間くらいかかるらしくて。2週間も船ですよ。携帯がつながらない環境で自分は何を感じるか、何に気付くのか興味があります。自分に甘いので、そういう状況に追い込まないと、携帯見ちゃうんですよね。強制的に変な所に身を置くようにしています。

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 「四月になれば彼女は」の連載は「怒り」「君の名は。」「何者」の編集期間と重なった。睡眠時間を削った。「2~3時間でしたね。『仕事。』で秋元康さんに『時間ないんですけど』と言ったら『寝なきゃいいんだよ。寝なきゃ時間は倍になる』って。17年はちゃんと寝たいです」。

 しかし、17年もアニメ映画の「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」、そしてもう1作、超問題作が待つ。小説も秋には執筆に入る予定だ。【聞き手・中嶋文明】

 ◆川村元気(かわむら・げんき)1979年(昭54)神奈川県生まれ。上智大卒。01年、東宝入社。05年に初めてプロデュースした「電車男」が興収37億円のヒット。以降、「告白」「悪人」「モテキ」など話題作を連発。16年は「怒り」「君の名は。」「何者」を手掛けた。作家としては12年「世界から猫が消えたなら」でデビュー。130万部を超えるミリオンセラーとなり、16年、映画化された。第2作「億男」(14年)も今年、中国で映画化される。

 ◆「四月になれば彼女は」 精神科医の藤代は婚約者の弥生と同せいして3年、1年後には結婚を控えている。しかし、既に恋と呼べる感情はなく、この2年はセックスもない。そこに9年前に別れた学生時代の元恋人から手紙が届く。元恋人がなぜ、手紙を寄せたのか。恋愛感情の喪失が止められない時代、男女はどう生きていくのかを描く。特設ページ http://hon.bunshun.jp/sp/4gatsu