イラク支援を続ける医師で作家の鎌田實氏(68)が、昨年12月23日から31日まで、現地の難民キャンプでの診察、支援活動を行った。過激派組織「イスラム国」(IS)に支配されたイラク第2の都市モスルでは、昨年10月からイラク政府軍らによる奪還作戦が行われているが、3カ月経過した今も、東側半分しか取り戻せていない。激しい攻防により、多数の死傷者や難民が続出している。鎌田氏にイラクの現状を聞いた。

 ◆ハーゼル難民キャンプ

 鎌田氏がイラク支援で現地入りするようになってから12年がたつ。昨年は年末を含めて3度、イラクを訪れた。2カ月ほど前、ISの制圧下にあったモスルを脱出してきた人が身を寄せるハーゼル難民キャンプができた。キャンプは比較的安全な北東部アルビルとモスルの中間地点にある。

 「ハーゼルには急に人が集まって、今は約3万5000人が、6000のテントで避難生活を送っている。日本で言えば1つの市ができたぐらいの規模だが、診療所の1つもない。大きなトレーラーに診療室と薬局がくっついたモバイルクリニック(移動診療)は出せるようになったが、それだけでは耐えられない」

 奪還作戦が続くモスルは目と鼻の先。西部では依然ISの勢力が衰えず戦闘は激しさを増す。ハーゼル難民キャンプでは、ISのスパイが難民に紛れ込まないように、出入りの際に厳しいチェックが行われていた。「食事も足りないし、避難してきた人も『刑務所のようだ』と言っていた」。

 ◆モスルの悲劇

 イラク政府が、ISを追い出したとするモスルの東側について「帰国しても安全だ」と発表したことから、避難していたバグダッドから戻った親子がいた。ところが、ようやく戻った故郷で愛息を失った男性に会った。

 「自宅に戻ったところ砲弾を受けて、14歳の長男が亡くなり、次男もけが。三男の体にも弾の破片がまだ3つも残っている。大半の人が『モスルに帰りたい』というけれど、この父親は『帰るなんてとんでもない。政府にだまされた。ヨーロッパに逃げたい』と」

 ◆命を救うため

 現地の難民キャンプでは医療施設も、医師も足りない。財政は戦争優先。兵士の給料は満額だが、医師は7割カットされた。それでも希望の光は消えていない。モスルから避難してきた若者の中に医学を志す女性がいた。

 「モスルの医大に4年間通っていたけれど、ISに制圧されて医師になることを諦めたと言っていた。僕たちで募金を集めて、別の大学に転入させたら、2年後に無事卒業した。将来の夢を聞いたら、小児白血病の専門医になりたいと。数年勉強した後に、一緒に聴診器でISと戦おうと言ったら本人は笑っていた」

 過酷な難民キャンプにいても、「子どもたちには笑顔が見えた」と鎌田氏は語る。「平和を願い、信じているからだ。まだ子どもたちの心は壊れていないと感じた。いきいきとしていた。この子たちのために、なんとか早く平和がやってきたらいいなと思う」

 銃弾が飛び交い、助けを求める泣き声が響いても、必死に生きる人々がいる限り、鎌田氏のイラク訪問は続く。【聞き手・山内崇章、小松正明】

 ◆鎌田實(かまた・みのる)1948年(昭23)6月28日生まれ、東京都出身。東京医科歯科大医学部卒。長野・諏訪中央病院院長で、「健康づくり運動」を実践。脳卒中死亡率の高かった長野県の長寿日本一に貢献。04年からイラク支援を始め、小児病院へ薬を届けたり北部の難民キャンプ診察も続けてきた。現地では塩分の過剰摂取が問題になっており、健康な食生活を広めるため講演も行う。