日野元彦さん肝不全のため死去
日本を代表するジャズドラマーの日野元彦さん(ひの・もとひこ=本名同じ)が13日午後11時40分、肝不全のため東京都文京区の順天堂大順天堂医院で死去した。53歳。日野さんは今年1月にすい臓がんを告知されたが「死ぬまでスティックを握っていたい」と手術を拒否し、亡くなる直前までステージに上がり続けた。30日に実兄のジャズトランペッター日野皓正(55)らが出演して都内で追悼コンサートが行われる。(写真=がん告知を受けながらもステージをこなしていた日野元彦さん)
秋から腹痛シンバルをたたき割りそうになるほどのパワフルなスティックさばきでファンに絶大な人気を得た日野さんが、天国へ旅立った。30日に東京・渋谷のオーチャードホールで、歌手の阿川泰子や小野リサら約50人の仲間が激励コンサートを開き、日野さんも出演する予定だった。しかし、その日を待たずに日野さんはいった。日野さんは昨年秋ごろ腹痛を訴えたが、痛み止めを飲みながらツアーを続けていた。今年1月21日に検査入院し、すい臓がんであることが判明。既に手遅れだった。13日夜に容体が急変。兄皓正、妻泰子さん、子供たちとミュージシャン仲間に見守られながら、息を引き取った。皓正は「最後は10キロもやせてしまって。肩の骨が飛び出していた」と唇をかんだ。
1位15回がんの告知を受けた後もステージで演奏を続けた。病院を抜け出して東京・新宿の「ピットイン」などのライブに出演した。4月28日までドラムスクールの講師も続けていた。30日のコンサートに備えて、皓正には「体力がもつかなあ」と不安な顔を見せながらも、まくらをドラム代わりにスティックをたたいたという。日野さんは少年時代からタップダンサー、ドラマーとして米軍キャンプを回り、1963年(昭和38年)にプロデビューした。67年には日野皓正クインテットに参加。81年には自己のバンドであるZOOMを結成した。ジャズ雑誌の「スイング・ジャーナル」の人気投票では、通算15回も第1位を獲得するなど、日本のトップドラマーとして活躍した。30日の激励コンサートが、日野さんの追悼コンサートになる。
◆日野元彦(ひの・もとひこ)1946年(昭和21年)1月3日、東京生まれ。12歳ごろからドラムを始め、17歳でプロミュージシャンとなった。78年に兄の後を追い渡米、86年にはジャズ界初の中国公演も果たした。愛称は「トコさん」。最近のアルバムに「クラブ・トコ」シリーズがある。家族は妻の泰子さん。前妻との間に長男克彦さん(30)と長女麻澄さん(26)がいる。
兄皓正「お疲れさま、と言ってあげたい」
日野皓正は14日午後、弟の元彦さんの自宅マンション前で取材に応じた。黒のパンツスーツで少しやつれた表情だったが、時折、笑顔を見せながら思い出を語った。「子供の時から親が働いている間、2人で留守番して仲が良かった。大人になって同じ分野の仕事で生きてこられてラッキーだったね。その愛情たるや、海よりも深かった」。
トランペッターとドラマーとして長年にわたり同じステージに上がった。亡くなる2日前に、病院に泊まって看病をした。その時、元彦さんが清涼飲料水を飲んで「あー、おいしいね」と言って笑顔を見せたのが最後の会話となった。意識がもうろうとした元彦さんは「許して、勘弁して。みんなによろしく言ってね」とうわ言を言っていたという。日野は「今は、お疲れさま、悲しいけどよかったね、と言ってあげたい」と、永遠の眠りについた弟をねぎらった。葬儀では自らのトランペット演奏で弟を送り出す。
53歳若すぎる…ジャズドラマーのジョージ川口(71) つい最近、お兄さん(皓正)と会ったとき「夏までもたないだろう」と言っていた。きょう(14日)亡くなったと聞きました。まだ若いのに残念。技術的にもモダンなドラムに挑んでいて日本人に人気があった。早すぎるね。もう少し神様が寿命を延ばしてくれたらよかったのに。
▼通夜 16日午後6時から
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