訃報 安らかなご永眠をお祈りいたします

谷岡ヤスジさん 咽頭がんのため死去

 「鼻血ブー」などのナンセンスギャグ漫画で一大ブームを起こした漫画家の谷岡ヤスジ氏(たにおか・やすじ、本名谷岡泰次=たにおか・やすつぐ)が14日午前2時10分、咽頭(いんとう)がんのため都内の病院で亡くなった。56歳。妻まち子さんは「一匹オオカミで、一本気な男だった。治ると信じて、ベッドの中で最期までペンを握っていた」と話した。

本人に知らせず

 まち子さんによれば、谷岡さんは2年前に咽頭がんの告知を受け、入退院を繰り返していた。すでにリンパ腺(せん)に転移していたことを家族は、本人には知らせず、谷岡さんは「治る」と信じ「7月からCG(コンピューターグラフィックス)を使った新しい漫画を仕掛けて復帰する」と話していた。

 最期は、家族や兄弟に見守られながら、静かに息を引き取ったという。谷岡さんががんの告知を受ける直前に米国で結婚し、同国の大学で学んでいる長女も急きょ帰国。「娘が手を握って『パパ』って声をかけたら、目を開けてニッコリと笑って。穏やかで幸せな死でした」(まち子さん)。作品があふれる自宅の和室に安置されたひつぎには、谷岡さんが大好きだった軍用ジープのプラモデルを、まち子さんが組み立てて納めたという。

 谷岡さんは1959年(昭和34年)、都内の高校在学中に4コマ漫画でデビュー。わちさんぺい氏のアシスタントを経て66年に独立した。70年から週刊少年マガジンに連載した「ヤスジのメッタメタガキ講座」をはじめ、70〜80年代に青年コミック誌を中心に「アギャギャーマン」「村(そん)シリーズ」などのヒット作を連発。バター犬、キセルをふかす牛タロ、5本足の怪鳥ムシドリなどユニークなキャラクターを次々に生み出した。

 漫画のセリフから「オラオラオラ」など次々と流行語が生まれ、セクシーな女性を見ると「鼻血ブー」、頭に日の丸を刺したムシドリが屋根の上で時を告げる「全国的にアサー」「ヨルに近いヒルー」など、破天荒なナンセンスギャグで一世を風靡(ふうび)した。全盛期には週刊誌、隔週刊誌、月刊誌に計35本、350枚を連載し、睡眠時間2時間という売れっ子ぶりだった。

 1日80本のたばこを吸うヘビースモーカーで、底なしの酒豪として知られた一方、スポーツクラブで水泳に励むなど健康面にも気を使っていたという。4月まで病床で書いていた週刊漫画サンデーの連載「ノホホンごっち」が遺作となった。


ヤケクソが生んだギャグ路線

悼む  高校を出たばかりの学生服の谷岡君が僕のところに来た当時を思い出す。「僕は弟子は取らないけど、僕にいいところがあるなら、手伝いをしながら盗みなさい」って言って、4年間くらい通っていた。お小遣いをあげると言っても一切受け取ろうとしない、礼儀正しいまじめな子でした。

 僕は「サザエさん」みたいな家庭漫画を書くようにと教えて、彼もそれを目指していたんだけど、編集者から「もっとアクの強い漫画じゃなきゃダメだ」と言われて、ヤケクソになって「鼻血ブー」みたいなギャグ漫画路線になっちゃった(笑い)。

 「アサー」のギャグは、ブタが屋根の上に上がって「コケコッコー」と鳴くという僕のギャグを参考にしたんだって、5年前に言ってた。「盗んでいいよ」って約束を守ったわけだ。かわいいやつでした。僕にとって彼はまだまだ子供。実は僕も咽頭がんなんだけど、あの世で会ったら僕にしか言えない漫画の説教をしてやるから待ってろよ。

わちさんぺい(漫画家)

ルール無視の名人

 漫画家赤塚不二夫氏(63)の話 すごいやつだった。いい漫画家はせりふがうまいが、彼はせりふの名人。天衣無縫の人。漫画なんかどうでもいいよ、とルールを無視してかいていくところがいい。いつも同じような漫画をかいているのに面白い。それは、やみくもにかいているように見えて、読者がどう反応するか、計算していた。本当のプロだ。今のヘタウマといわれる漫画家とは全然違う。光る1つのスターだった。

まねできぬ発想

 漫画家はらたいら氏(56)の話 もう30年くらいの付き合い。兄弟以上の付き合いだった。気さくでざっくばらんで、正義感の強い男。酒飲んで意見がぶつかり合うこともあったけど、真正面からかかってくる。漫画家としては文字通りの天才。だれにもまねできない発想、言語感覚と、一見乱暴そうに見える絵のタッチの計算され尽くした絶妙さ。「お前は天才だ」ってヤスジには言っていたんですよ。56歳なんて、これから味のある漫画を書く時期なのに早すぎる。ショックです。

 ▼通夜15日午後6時から。
 ▼葬儀・告別式 16日正午から。いずれも東京都世田谷区松原1の27の13の自宅で。
 ▼喪主 妻まち子(まちこ)さん。


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