訃報 安らかなご永眠をお祈りいたします

ダニー飯田さん 急性腎不全のため死去

ダニー飯田さん  昭和30年代に「ステキなタイミング」などのヒットを飛ばした、ダニー飯田とパラダイスキングのリーダー、ダニー飯田(いいだ、本名飯田紘久=いいだ・ひろひさ)さんが5日午前2時22分、急性腎(じん)不全のため東京都品川区旗の台1の5の8の昭和医大病院で死去した。65歳だった。

 飯田さんは昨年の夏に歯ぐきにできたがんの除去手術を受け、闘病中だった。糖尿病の持病もあり、入退院を繰り返していた。6月17日に千葉・柏市内でディナーショーのステージを務めた後、放射線治療などを受けるために同月下旬に再入院した。同28日に40度を超える高熱を出し危険な状態に陥った。その後、容体は安定していたが、帰らぬ人となった。

 1956年(昭和31年)にグループを結成、61年の「悲しき六十歳」など、米ポップスを訳詞で歌う曲がヒット。“パラキン”の愛称で親しまれた。60年代になると故坂本九さん(63年脱退)や、九重佑三子(53、65年脱退)をボーカルに起用して、スターに育てあげた。

 通夜は8日午後6時から、品川区西五反田5の32の20、桐ケ谷斎場で。葬儀・告別式は9日午前10時から、同斎場で。喪主は妻昌子(まさこ)さん。
(写真=「見上げてごらん夜の星を」を歌う坂本九さん(右端)とダニー飯田さん(左から3人目)とパラダイスキング(63年6月))

最後の仕事TVで

 歌手九重佑三子の話 5月18日にご一緒したステージが最後の共演になりました。言葉もほとんどしゃべれない状態でしたが「何とかステージは普通にやろう」とみんなで協力しました。そのステージがNHKの衛星放送で6月に放送されたんですが、飯田さんが司会者の問いかけに必死に応じている姿がそのまま放送されました。最後の仕事が記録に残るものだったので、せめてもの幸いでした。


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