訃報 安らかなご永眠をお祈りいたします

中村政信さん レース中の事故のため死去

 オートレース界のスーパースター・中村政信選手(33)が23日、飯塚オートレース場で事故死した。中村選手はこの日の決勝戦で他の車と接触して転倒、病院に運ばれたが間もなく死亡した。中村選手はSGレースに2度優勝、西の大エースとして将来を嘱望されていた。

関係者ショック

 衝撃的な事故は23日午後4時15分ごろ、福岡県飯塚市の飯塚オートレース場で開催されていた11Rの決勝戦で起きた。飯塚オート所属の中村選手は、4周バックストレッチで先行する花元初選手に追突し、落車した際に後続車の松尾学選手が乗り上げる複合事故にあった。

 全身を強打した中村選手は、すぐに救急車で市内の飯塚総合病院に運ばれたが午後5時59分に死亡した。地元の看板選手の事故にスタンドは騒然となった。遺体は午後8時に善光会館(飯塚市新立岩19の2)に運ばれ、25日に通夜、26日に葬儀が行われる。

 なお、同レース場の死亡事故は今年3月23日にスタート事故で死亡した藤川順二選手(船橋支部所属、享年49)に続いて2件目。1年間で2件の死亡事故発生に、飯塚オートなど関係者は大きなショックを受けている。

 中村選手は福岡県出身で1985年(昭和60年)6月27日に選手登録。この19期から業界初の2級車による10カ月養成となり、同期には片平巧や岡部聡がいる。95年(平成7年)山陽で開催された第8回全日本選抜、97年船橋で開催された第1回オートレースグランプリでSG優勝2回するなど、飯塚を代表する全国屈指のスター・レーサーだった。今回の事故がオート界、ファンに与える衝撃は計り知れない。

SG2勝 西の横綱

◆中村政信(なかむら・まさのぶ)1966年(昭和41年)8月9日生まれ。福岡県出身。85年6月、飯塚でデビュー。記念レースは浜松ゴールデンレース(G1)3回、飯塚開設記念(G1)2回、春のスピード王決定戦(飯塚=G2)2回、ダイヤモンドレース(飯塚=G1)1回、秋のスピード王決定戦(飯塚=G2)3回優勝。

 95年(平成7年)に続いて、97年には年間6つのSGすべてに優出して、日刊スポーツ制定のオートレース年間3賞の特別賞にも輝いている。家族は妻知代子さんと1男1女。


3月には藤川選手

◆公営競技の最近の死亡事故 オートレース界では藤川順二選手(享年49)が今年3月23日に飯塚オートレース場で複合事故に巻き込まれて落車、治療のかいなく4月3日に死去した。それ以前には稲永俊雄選手(享年38)が85年1月17日に伊勢崎オートレース場で心臓発作で亡くなっている。競艇界では沢田菊司選手(享年48)が11月6日に平和島競艇場でレース中に追突事故で死亡した。競輪界では成島勇選手(享年22)が98年7月23日に立川競輪場で接触事故により落車、死亡した。

大きな財産失った

 公営競技アナ・北島興さんの話 事故死と聞いてショックで放心状態になっています。中村さんは選手としては軽量で小柄ですが、ファイトはだれよりも大きかった。スタートが早くさばきも鋭く、前へ前へと突き進む精神力もすごかった。オート界は大きな財産を失いました。


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