菅原謙次さん 急性肺炎のため死去
新派俳優菅原謙次(すがわら・けんじ=本名小松原重政)さんが24日午前10時55分、都内の病院で急性肺炎のため死去したことが25日、分かった。73歳だった。
この日、菅原さんの妻の芙美恵(ふみえ)さん(61)が「1000年に1度の節目の年を固辞するかのように、菅原謙次は73年間に及ぶ人生という名の公演に幕を下ろし、新たなる舞台の初日を迎えるため、12月24日クリスマスイブに旅立ちました」とのコメントをマスコミ各社にファクスで送り公表した。菅原さんの遺志により、芙美恵夫人、菅原さんが48歳のときに授かった長男の太一さん(25)ら身内だけで25日に密葬を済ませた。自宅は東京都港区西麻布1の3の8、六本木コート4B。 菅原さんは今月13日に風邪をこじらせ入院していたが、容体が急変したという。この日夜取材に応じた芙美恵夫人は「きれいな顔でした。11月の新橋演舞場公演(「明治一代女」)で実は肺を痛めていたのですが、隠して務めておりました」と話した。夫人への遺言は「新派のためになってほしい」と「幕が下りるまで、自分のことは言わないでほしい」だった。 ドラマ「七人の刑事」で味わい深い演技を見せた菅原さんは、1973年(昭48)に新派入り。以来、舞台に全力を注いできた。1日100本のヘビースモーカーで、86年7月、心筋こうそくで倒れた。回復後、健康管理に努めていた。昨年11月、新派公演中に、勲4等瑞宝章受章の知らせを受けた。「30年、この劇団(新派)で俳優をさせていただいたからこそ。まだこうしたご褒美は早い。いつまでも若々しいイメージを保ちたいと思います」と語っていた。
まだ信じられない女優水谷八重子(60)の話 (25日夜に)奥さまともやっとお話できて、本当にいなくなっちゃったんだって。まだ、亡くなったことが信じられません。心臓発作で倒れられてから「僕の肺は風邪をひいたらすぐ死んじゃうんだよ」と冗談でおっしゃってました。しばらく前から車いすで酸素吸入をしながらの移動だったんですが、ショルダーバッグはいつもおしゃれなものを身に付けていました。(先代)水谷八重子の看板を失った新派を引っ張ってくれたのはお父さんでした。◆菅原謙次(すがわら・けんじ)本名小松原重政。1926年(大正15年)3月14日、東京・浅草生まれ。49年(昭和24年)俳優座養成所に1期生として入所し翌年本格的デビュー。柔道3段の腕前が買われ、53年「花の講道館」以来、講道館シリーズ9本に主演。61年フリーとなりTBSドラマ「七人の刑事」がヒット。73年新派入りし「明治一代女」「滝の白糸」「日本橋」「婦系図」など名作に出演。水谷八重子亡き後、水谷良重、浪野久里子、安井昌二と並ぶ「新派4本柱」となる。98年(平成10年)勲4等瑞宝章受章。
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