交通事故入院梶山氏は今年1月30日、地元から秘書の運転する車で上京する際、後続車に追突された。入院して一時復帰したが、意識がもうろうとするなどしたため、都内の病院に入院。「硬膜下血腫」が後頭部にできていることが分かり、2月19日に手術していた。その後も回復が思わしくなく、4月25日に政界引退を表明。後継を長男の弘志氏に決めていた。 梶山氏は竹下登元首相を支え「竹下派七奉行」といわれた。党内では「1つの時代が終わった」との実感が広がっている。 「次々に逝ってしまうなあ」。野中広務幹事長(74)は党本部で記者団に寂しげな表情を見せた。 森喜朗首相(62)は「(初当選が)同期生だった。長い付き合いがあり、思い出もいろいろある。政治家として勘の鋭い人だった」と述べた。 後継として出馬する弘志氏は、茨城県庁での記者会見中に訃報(ふほう)を知った。報道陣の携帯電話が鳴り、死去の知らせを聞かされると「急変しうるとは聞いていたが……」と絶句。「大丈夫と思っていた。早すぎる」とみるみる目を真っ赤にした。その後、事務所に確認を取ると「父のような一本しんの通った政治家になりたい。お疲れさまでした」と語り会見場をあとにした。 竹下派七奉行のうち、自民党に残るのは橋本竜太郎元首相(62)だけ。奥田敬和元運輸相と小渕恵三前首相、梶山氏の3人が鬼籍に入った。奥田氏の長男はすでに1回当選、小渕前首相は二女の優子さん(26)、梶山氏は長男の弘志氏と、ともに2世議員が今回の総選挙に挑戦する形となった。
小渕氏と争う梶山氏は「電動のこぎりでいえば、私や小沢一郎はのこぎりを回す軸の役目」などと旧小渕派内の役目を語ったことがある。しかし、1998年(平成10年)夏の参院選で自民党が大敗すると、秋の総裁選では派閥を離脱して出馬。小渕前首相と争って敗れた。その後は無派閥で「構造改革」の必要性などを説いていたが、再び政界の表舞台に立つことはできなかった。
心は離れなかった橋本竜太郎元首相 完全に任期を終わって責任を果たし終わってというのが梶さんらしいが、仲間が選挙区に帰ってしまっていて寂しい。梶山さんが当選して1年か2年たって、沈没した旧日本軍潜水艦の引き揚げに努力するなど、温かい人だった。ぶつかったり離れたりしたこともあったけれど、結局心は離れなかったと信じている。
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