久和ひとみキャスター40歳で死去TBS「ニュースの森」などで人気を集めたキャスターの久和(くわ)ひとみさん(本名同じ)が1日午前11時25分、急性肝不全のため都内の病院で死去した。40歳。久和さんは昨年10月23日にテレビ東京「TXNニュースアイ」を体調不良を理由に降板し、翌24日に子宮がんの手術を受けていた。復帰を目指し療養を続けていたが、今年2月に肝臓に転移が見つかった。女性キャスターの草分け的存在として活躍し、病床では最後まで現場復帰に強い意欲をのぞかせていた。
がん転移
久和さんの復帰の願いはかなわなかった。病院でみとった母啓子さん(72)によると、久和さんはもうろうとした意識の中で「(キャスターは)座ったままでもできるから、早く仕事をしましょうよ」と、仕事仲間に語りかけるようにうわ言を繰り返した。何か書こうとして便せんを手にしたが、力が入らず何度も落とした。最期は眠るように息を引き取ったという。
久和さんは昨年10月20日の番組放送中に「体調を崩しまして、しばらく休ませていただくことになりました」と休養を発表した。顔色は悪く、画面を通じても体調不良は明らかだった。啓子さんによると、その20日ほど前に大量出血があり、検査を受けたところ子宮がんと告知された。久和さんは「みんなに心配かけたくない」と、病名はごく一部のスタッフにしか知らせなかった。10月23日に番組を降板して、翌24日に手術を受けた。 術後の経過は良好で啓子さんは「数値もよく、安心しました」と振り返る。入院生活は2週間ほどで終わり、退院後は自宅から通院しながら抗がん剤と放射線による治療を受けた。今年1月に自宅に見舞ったテレビ東京のプロデューサーも「顔色もよく、復帰を確信しました」という。「TXNニュースアイ」の4月復帰も内定し、久和さんは新聞に毎日欠かさず目を通し、その日に備えていた。 草分け的ところが2月に入り微熱が続いた。2月16日に再入院して精密検査を受け、がんが肝臓に転移していることが分かった。啓子さんは主治医から「手の施しようがありません」と告げられた。両親は、病魔を克服したと信じ込んでいる娘に事実を告げることはできなかった。24歳で「CNNデイウォッチ」キャスターを務めて人気を集め、親しみやすい笑顔と、歯切れのいいコメントで安藤優子さんらとともに女性キャスターの草分け的存在となった。「ニュースの森」は90年から6年間キャスターを務めた。啓子さんは「人がなかなかできないことをして、楽しんで生活して満足な人生だったと思います」と話した。 (写真=40歳の若さで死去した久和ひとみさんの遺体は自宅の部屋に安置されていた(東京都武蔵野市で))
菅幹事長が久和さんに出馬要請していた
人気キャスター久和ひとみさんの急死は各界に衝撃を与えた。久和さんがキャスターになる前に選挙運動を手伝うなど親交の深かった民主党の菅直人幹事長(54)は「1カ月前に会った時は『必ず復帰してみせます』と話していたのに」と言葉を詰まらせた。共演したキャスターや各局アナウンサーも早すぎる死を悼んだ。
選挙運動が縁久和さんを学生時代から知る菅幹事長は1日夜、東京・永田町の民主党本部で会見し「これからチャレンジできる世代だったのに本当に残念です」と話した。最後に会ったのは1カ月前。菅氏が地元の東京・武蔵野市を回っている時に選挙区内にある久和さんの実家を訪れた。「ちょっとやせていたけど、元気で安心したんですが……。本人も『だいぶ元気になってきたので、必ず現場に復帰します』と話していたんですが」とうつむいた。久和さんは早大政経学部政治学科在学中に約1年間、当時社民連の衆院議員だった菅氏の事務所の仕事や選挙運動を手伝っていた。選挙ではウグイス嬢のリーダーも務めた。「CNNデイウォッチ」でキャスターとしてデビューした後も、折に触れ菅氏に相談していたという。菅氏にとって印象深いのが1986年(昭和61年)1月のスペースシャトル「チャレンジャー」爆発事故報道。久和さんは生放送中、衛星中継で見た惨事に、しばらく言葉が出なかった。「久和さんは『それが視聴者にはインパクトを与えたみたいです』と後で話していました」。 菅氏は、久和さんに選挙への出馬を要請していたことも明かした。「4、5回ではきかないですね。わりと最近も『久和ちゃん、どうだろう』って本人に話しました」。しかし、久和さんは「ジャーナリズムの仕事を続けたい」と断り続けたという。 (写真=民主党の菅直人幹事長は、学生時代の久和さんの思い出などを静かに語った) 向上心強かった「ニュースの森」でコンビを組んだ荒川強啓氏(54) 2人で毎日、新しいキャスター像をつくろうと懸命に働いていました。当時はベルリンの壁崩壊や湾岸戦争など時代の変わり目。久和さんはまさに戦友でした。明るく前向きな人で、向上心がとても強く、この先、大きな仕事をするのだろうと思っていました。少女の魅力も…テレビ朝日「モーニングショー」で共演した飯星景子(38) 突然のことで大変驚いています。知的でしっかりした女性というイメージがある方ですが、一方でとてもユーモアのあるかわいらしい少女のような魅力もお持ちでした。残されたご両親のお気持ちを考えると言葉になりません。
何事にも本音で逃げなかったはつらつとした司会で男女を問わず茶の間にファンが多かった久和さんは「仕事も人生も本音でいきたい」と、マイペースで歩んだ。学生時代は大学で政治を学びながら菅直人議員のもとで選挙戦を手伝った。マスコミ志望で就職試験では新聞1社、テレビ4社を受け、ことごとく失敗するが「とにかく逃げまい」と内定していた一般企業に就職せず、「CNNデイウォッチ」のキャスターに採用され、チャンスをつかんだ。96年(平成8年)4月、6年務めた「ニュースの森」キャスターを卒業したのを機に、充電のため米コロンビア大学に留学した。このとき、8年連れ添ったテレビマンの夫は「うちに入ってほしい」と望んだが、久和さんは専業主婦にはなれなかった。結婚時「彼氏はいい男で私として大変上出来で、悔いのない選択。面食いの信念は貫いたと思っています」とノロケた最愛の人との離婚を選択した。 もともと「仕事のことを考えると独り身の方がわずらわしくなくていいです」というドライな性格。職業観は男性と同じだった。 2年後、帰国した久和さんはテレビ、講演、執筆活動に全力投球する。15年前「職業を尋ねられて、キャスターですと答えるのが恥ずかしいです」と、初々しく話したころとは別人の存在感があった。本番を終えたあとスタッフルームに1人で残り、視聴者からの手紙に目を通す久和さんを目撃したことがある。「テレビというのは疲れ、困惑、やる気、自分で意識していないことまで、伝わってしまうんですよね。いつも視聴者から教えられています」と、謙虚に話していた。 「自分なりの切り口でニュースを伝えたい」。努力を重ね、さらなるステップを目指していた久和さんに病魔はあまりに早すぎた。【放送担当・新村明】
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