訃報 安らかなご永眠をお祈りいたします

映画「セーラー服と機関銃」「台風クラブ」の監督

相米慎二さん

相米慎二さん死去

 「セーラー服と機関銃」「お引越し」などの作品で知られる映画監督の相米慎二さん(そうまい・しんじ=本名同じ)が9日午後4時10分、肺がんのため、神奈川県伊勢原市の病院で死去した。53歳。6月に肺がんの告知を受け、入院生活を送っていた。薬師丸ひろ子(37)工藤夕貴(30)ら数多くの女優を育て、キャリアのない若手女優から未知の力を引き出す演出は「相米魔術」と呼ばれた。

肺がん、53歳

 相米監督は5日に容体が急変し、意識不明の状態が続いた。9日夕方、家族にみとられて静かに息を引き取った。

 今年6月に体調不良のため神奈川県内の病院で検査を受け、肺がんと告知された。関係者によると、8月中旬から療養生活を送っていたが、完治することを信じて「治るまでだれにも言わないでくれ」とごく親しい知人には話していた。東洋医学などにもチャレンジした。

 病状は一進一退だったが、仕事への意欲は衰えず、今月20日から長塚京三と大沢たかおが共演する舞台の演出も予定していた。映画は昨年公開された「風花」が遺作となったが、次回作として浅田次郎の小説「壬生義士伝」の準備も進めていた。初めて時代劇に挑戦するとあって、病室にはたくさんの資料を持ち込んでいたという。

 日活ロマンポルノの助監督を経て、80年、薬師丸主演の「翔んだカップル」で監督デビュー。2作目の「セーラー服と機関銃」でアイドル薬師丸のみずみずしい魅力を引き出し、スターとしての地位を決定づけた。現在ハリウッドで活躍中の工藤も「台風クラブ」でヒロインに抜てきされ、映画の世界に引き込まれていった。このほか、新人同然だった永瀬正敏、河合美智子、斉藤由貴、牧瀬里穂らを映画出演させ、育て上げた。若手俳優たちの未知の力を引き出し、スターを誕生させる演出力は「相米魔術」とも呼ばれた。

 「俳優のまっさらな魅力をとことん映したい」と言って、1シーンをカットを入れず10分、15分と俳優に芝居させる長回しが映像の持ち味だった。82年には長谷川和彦監督ら当時の若手監督9人で旗揚げした製作会社ディレクターズ・カンパニーにも参加し、映画界をけん引してきた。近年は作曲家三枝成彰氏と組んでオペラを演出したり、人気CM「ポッキー」をビデオ映画化するなど多彩な分野で活動した。遺体は10日に病院から都内の葬祭場に運ばれ、親しかった監督や俳優が弔問に訪れた。

(写真=81年「セーラー服と機関銃」の制作発表で左から相米監督、薬師丸ひろ子、柳沢慎吾)

◆葬儀日程
 ▼通夜 13日午後6時から、東京都中央区築地3の15の1、築地本願寺の第二伝道会館で
 ▼葬儀・告別式 14日午前11時から同所で
 ▼喪主 実兄相米琢磨(そうまい・たくま)さん
 ▼葬儀委員長 伊地智啓ケイ・ファクトリー会長

「長回し」を支えた不思議な力

 独特のヒゲはフランシス・コッポラ監督を意識したものだった。撮影に入ると、周囲が見えなくなるところも似ていた。

 一番こだわったのは「長回し」だ。通常、映画は数秒、数分単位のカットをつなぎ合わせて1つのシーンを作り上げていく。ところが、相米流は1シーン1カット。十数分もの間、切れ目なくカメラを回し続ける。

「セーラー服と機関銃」では、神社での乱闘に始まり、ヒロインがバイクに乗って逃げ出すまでの十数分をワンカットに収めた。レールに乗せたカメラを台車から外し、手持ちで出演者を追いかけながら最後はトラックの荷台に載せて出演者を追いかける。例のない移動撮影で、気の遠くなるようなリハーサルが繰り返された。

 日が落ちてから始まった撮影が終了したのは明け方だった。だが、当時高校生だった主演の薬師丸ひろ子も最後まで興奮気味のままだった。口調は穏やかだが、目が笑っていない監督には、周囲の人間を何時間でもハイテンションにする不思議な力があった。

 「もう1回」。そのひと言だけで現場は集中力を取り戻した。若手俳優、女優たちのみずみずしい映像はそんな現場から生まれた。【元映画担当・相原斎】

「翔んだカップル」「セーラー服と機関銃」に出演

 薬師丸ひろ子(37) 入院されていたことも全く知らず、気持ちが動揺しています。昨年12月に、相米監督の映画に携わってこられたスタッフの皆さんと忘年会で集まり、その時が監督にお目に掛かった最後となってしまいました。目を閉じると、当時の撮影現場での出来事や、仕事以外でお目に掛かった時に、穏やかで優しい言葉を掛けてくださった姿が思い出されて、ただただ今は信じられなくて、悲しい気持ちでいっぱいです。心よりご冥福をお祈りいたします。

「台風クラブ」に出演

 工藤夕貴(30)相米監督と出会ったのは私が12歳の時でした。監督は今まで私が出会った中で一番厳しく、妥協を許さない人でした。今の私の根性は、その時に監督に教えられたものなのかもしれません。今では一言も言葉を交わすことができないのかと思うと、残念で仕方がありません。どうぞもう1度生まれてきても、またメガホンを取って、忘れられない映画を作り続けてください。

「雪の断章−情熱−」「あ、春」に出演

 斉藤由貴(35) 最初から生き死にを超越してるような人だったので「こんなの大したことないさ」と、どこかで笑ってるような気がします。本物の映画を作る人が失われてしまった私たちの方が、惨めで悲しい気がします。彼と、彼の映画の空気が大好きでした。


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