訃報 安らかなご永眠をお祈りいたします

ナンシー関さん急死、若すぎる39歳

 消しゴム版画家でコラムニストのナンシー関(せき)さん(本名関直美=せき・なおみ)が12日午前0時47分、虚血性心不全のため東京都目黒区の病院で死去した。39歳だった。消しゴムを削って作った有名人の似顔絵版画と、テレビ番組やタレントらを素材にした辛口コラムが人気で「週刊朝日」や「週刊文春」など多くの連載を抱えていた。急死に関係者は大きなショックを受けている。

 関さんが体の異常を訴えたのは11日深夜だった。都内で女性の友人と夕食後、帰宅途中のタクシー車内で気分が悪くなり、都内の病院に運ばれたが、そのまま亡くなった。急死だったため、死因が分かったのは12日午後5時ごろだった。病院には2歳年下の妹や担当編集者が駆けつけたが、突然の死に大きなショックを受けているという。遺体は同日夜、実家のある青森市に運ばれた。

 関さんは法大在学中に趣味で独自の「消しゴム版画」を考案した。コラムニストえのきどいちろう氏の紹介で、84年に雑誌「ホットドッグプレス」でイラストレーターとしてデビュー。当時講談社の編集者だった作家いとうせいこう氏にナンシー関と命名された。その後は辛口コラムニストとしても活躍してきた。「週刊朝日」の「小耳にはさもう」や「週刊文春」の「テレビ消灯時間」などでは、テレビ番組での有名人の言動を、ユーモアあふれる言葉で皮肉る独特の評論で人気を得た。最近も小泉純一郎首相(60)や石原慎太郎東京都知事(69)ら大物政治家やSMAP(スマップ)木村拓哉(29)ら大物芸能人も俎(そ)上にした。

 「週刊朝日」は93年1月、「週刊文春」は同10月から連載を始め、ともに今年で10年目を迎えた。「週刊朝日」6月21日号(発売中)の第462回が最後の作品となった。同誌編集部では「クオリティーが全く落ちずに続けていただいたことに心から感謝しております」とコメントした。次号で追悼特集を組むほか、今後も随時ベストセレクションを掲載していくという。

 ◆ナンシー関(せき)本名関直美。1962年(昭和37年)7月7日、青森市生まれ。法政大文学部中退。著書は「何様のつもり」「耳部長」や放送作家町山広美氏との共著「隣家全焼」「堤防決壊」など。趣味はバンド活動で、GSコピーバンドでベースを担当していた。

 ◆虚血性心不全 突然死の大半が「虚血性心疾患」といわれる。虚血とは臓器に血液が供給されなくなった状態。冠状動脈の動脈硬化性変化による狭さくや閉塞(へいそく)などで突然に起きる。突然死亡するという状態を強調する場合に「虚血性心不全」の診断名がよく用いられるが「虚血性心疾患」と同じ。

◆葬儀日程
 ▽通夜 15日午後6時から、青森市本町1の1の4、常光寺で
 ▽葬儀・告別式 16日正午から、同所で
 ▽喪主 父英市(えいいち)さん


 ◆実家の両親絶句 関さんの青森市にある実家も突然の訃報(ふほう)に、悲しみにくれた。英市さんは「まだ若いのに…。早過ぎます」と涙で絶句。母節子さんは上京して娘の遺体に付き添った。親せきは「正月に帰ってきた時は元気だったのに」と信じられない様子で「小さいころから手先が器用で、よく人形を作っていました。初孫だったこともあり、みんなにかわいがられてね」と話した。


的を得た表現

 漫画家のさかもと未明さん(36) だれも言ってくれないことを文章にしてくれた人でした。まるで「裸の王様」の、大人がだれも言えなかった「王様は裸だ!」を言った子供のように。確かに辛口だけど、的を射ていたから愛されたんだと思います。だからこそ、悪口を言われるようになったら一流という欧米並みの成熟したコラムを書き続けられたのだと思います。ストレスも多かったはず。これからは締め切り時間とテレビの消灯時間を気にせずにゆっくりと生活してください。心からごめい福をお祈りいたします。