村田英雄さんの訃報(ふほう)に、後輩の歌手たちは絶句し、涙した。村田さんとは40年の付き合いになる歌手北島三郎(65)は公演先の大阪市内のホテルで会見し「さみしい。歌が、芸事が本当に好きな人だった」と語った。今月(6月)4日にお見舞いに訪れた歌手島倉千代子(64)は「悔しいね」とコメントした。だれもが偉大な先輩の死去を悲しんだ。
大阪・梅田コマ劇場で公演中の北島は、大阪市内のホテルで会見した。「村田さんはきっと『北島、笑えよ』って言うと思うから、あえて笑顔を見せているんだ」。そう言いながらも、「心の中はさみしい。すてきな先輩だった」と唇をかみしめた。
62年に東京・歌舞伎座で開かれた「王将」のヒット記念パーティーが初舞台という縁を持つ北島は「自分の『ギター仁義』を歌わせてもらった。一生忘れられない舞台。村田さんの浪曲は絶品。永遠に残るし、後輩のわれわれが歌い継がねばならない」と話した。
その後、北島自身が主演した映画「兄弟仁義」シリーズ(第1作は66年)で、何度も共演した。大阪に滞在中で村田さんの病状を聞いていた北島は「見舞いにいった撮影所の連中に『遊びに行きたいよ』って言っていたんだって。きっと、映画の思い出があったんだろうな」と話した。「無愛想だけど、いい顔していた。豪快で酒飲みで。見舞いにいくと、お前も気を付けろって、人のこと心配する。熱いものをもった人だった。運動神経が悪くてね、野球をやるとボールが顔に当たってからグラブを出すほどだった」と、目を真っ赤にして話した。
危篤となった4日に見舞った島倉千代子は「もっと歌いたかったのに、悔しいね。でも好きなように歩いていたもの、生きていたもの。お疲れさまでした。ぐっすりおやすみなさい」。都はるみ(54)は「とにかく豪放磊落(らいらく)を絵に描いたような大先輩で、いつも楽屋から『ワハハハ』という大きな笑い声が聞こえていたのを思い出します。男と女の差こそあれ、いつもわたしの歌の、特に節回しの参考にさせていただきました」とコメントした。10歳でデビューした時から「チビ」とかわいがられた小林幸子(48)も「女性のお話が大好きで、本当に豪快な男らしい方でした」とコメントした。村田節の復活を信じていただけに、だれもが悔やんだ。
◆たけしもショック 80年代半ばにラジオの深夜放送「ビートたけしのオールナイトニッポン」は村田さんの「頭」をテーマに「デカ頭コーナー」を展開した。ビートたけし(55)は当時「飲み屋に行ったら村田さんがいて、ボトルじゃなくて『ボルトをくれ』って言ってたよ」などギャグを飛ばし、愛称の「ムッチー」をはやらせた。村田さんはこれを契機に若い世代にも支持も得た。関係者によると、訃報を聞いてたけしは大きなショックを受けているという。同番組の構成も担当した高田文夫氏(53)は「僕とタケちゃんのいたずらもドーンと受け止めてくれた」と話した。
◆「村田だ」悲し清水アキラ 「オレが村田だ!」の名フレーズを流行させたタレント清水アキラ(47)も恩人の死を悲しんだ。「今日私があるのは村田先生のおかげです」と目を潤ませた。村田さんの物まねは16年前の86年から始めた。「その3年後に先生の番組で初めてお会いした時、『宣伝してくれてありがとうな。うれしいんだ』とおっしゃっていただいて、心が開けたんです」と感謝の言葉は尽きなかった。コンサートの最後は「皆の衆」と決まっているが「これから寂しくなります」と声を落とした。
◆代表曲「王将」を作曲した作曲家船村徹(71) 裏表のない正直な人で、思い出話は尽きない。オーディオが普及していない時代にレコード業界の夢だったミリオンセラーを初めて達成した、今では想像を絶する大スターで、三波春夫さんと肩を並べていた。浪曲から歌謡界に転身したが、浪曲の精神そのままで苦労して生き抜き、4年前「忍耐」という曲をレコーディングしたときも、一生懸命、情熱的にやっていた。頑張り抜いた人生、ゆっくり休んでくださいと言いたい。
◆ダイエー王監督(62) 家が近所だったんで飲食店でお会いしたことがある。足を切ったけど戦前の人間の気骨をみせ、人間の強さ、男らしさをみせた。「人生劇場」とか「夫婦春秋」とかいい曲が多くてどれか1つ挙げろといわれても厳しいね。最後まで歌とともに歩んできて本人も幸せだっただろう。
◆村田さんの先輩で歌手仲間の田端義夫(83) 豪快な人生だったけど、ちょっと早すぎたのと違うかな。今ごろ向こうで「王将」をうなっているでしょう。いずれは私もいくから。
◆同じ事務所で20回以上も舞台で共演した歌手大月みやこ(56) 村田さんが築いてくださった大切な日本の歌謡曲の宝物を忘れず、つないでゆく端っこの1人になりたいと思います。
◆初コンサートの時に激励された歌手三船和子(54) 昭和の巨星が、また1つ消えてしまいました。村田先生の歌は永遠に「日本の心」として歌い継がれていくことでしょう。
◆アルバムで「無法松の一生」「花と竜」をカバーしている演歌歌手氷川きよし(24) (僕が)九州出身ということもあり「無法松の一生」を大切に歌わせていただいておりました。僕の歌を一度生で聴いていただきたかったと残念でなりません。偉大な先生の曲を、僕たち若い世代が大切に歌い継いでいきます。
◆舞台で「無法松の一生」を歌っている歌手中村美律子(51) 村田先輩のお力添えとのおかげと、舞台では心よりご冥福と感謝の気持ちを込めて歌わせていただきます。