訃報 安らかなご永眠をお祈りいたします

女優范文雀さんが54歳で急死

范文雀さん  ドラマ「サインはV」のジュン・サンダース役などで知られる女優范文雀(はん・ぶんじゃく)さんが5日午後1時38分、心不全のため都内の病院で死去していたことが8日、分かった。54歳だった。葬儀・告別式は8日に近親者で済ませた。69年にTBS「サインはV」で女優として本格的にデビュー。悲劇のヒロインを演じて主演の岡田可愛(54)らとともに人気を集めた。10月中旬に体調を崩し入院したが、来春の舞台に向けて打ち合わせしていた矢先だった。

 范文雀さんは10月中旬に体調を崩し、都内の病院に入院していた。関係者は「検査入院と考えていたのですが、4日に突然、容体が急変しました。あっという間の出来事でした」と悲しんだ。病床で来年4月に予定していた舞台出演に向け打ち合わせをしていた矢先のことで、最期は親族がみとった。7日に通夜を、この日に親族だけで密葬を済ませた。4月に上演された近鉄劇場「バタフライはフリー」が最後の舞台で、7月に仏映画「ピアニスト」のビデオとDVDの吹き替えを都内で行ったのが最後の仕事となった。

 上智大に在学中、ドラマの端役から女優の道に進んだ。東京12チャンネル(現テレビ東京)「プレイガール」で注目され、69年から「サインはV」に出演。主演岡田可愛とコンビを組み、強力なX攻撃をみせるバレーボール選手ジュン・サンダース役で人気を得た。志半ばで骨肉腫(こつにくしゅ)で倒れるストーリー展開が視聴者を引き付け、全国のファンから助命嘆願が数多く届いた。当時「ジュンは心はナイーブなのに表面的には突っ張っている。役柄にすごく共感できた」と語っていた。

 その後、活躍の場を映画界にも広げたが、日本テレビのドラマ「二丁目三番地」(71年)で共演した寺尾聡(55)と73年に、石原裕次郎夫妻の仲人で結婚。人気絶頂で芸能界を引退して周囲を驚かせた。しかし結婚生活は長く続かず、74年に離婚し女優復帰した。

 両親はともに中国人。「文雀」は本名で「クジャクのように美しくなるように」と名付けられた。通訳にあこがれて大学に進学したが、舞台に魅せられ女優の道を選んだ。当時の芸名はハンザ摩耶だった。

 芸能界復帰後、悪女役で評価を得た。文雀さんは「目がきついでしょ。被害者の役よりも加害者の役が多いの」と話していた。撮影現場などで思ったことをズバリと口にするが、相手への配慮も忘れない人だった。「いずれはおばあちゃん役ができる女優になりたい」が願いだった。

 関係者によると、年内にも文雀さんのお別れの会が開かれるという。

(写真=54歳の若さで5日に死去した范文雀さん)

◆范文雀(はん・ぶんじゃく)
 本名同じ。1948年(昭和23年)4月15日、東京生まれ。両親は中国人だが、日本で生まれ育つ。上智大中退。68年、劇団「春の鳥」に入団し、同年、ドラマ「特別機動捜査隊」でデビュー。その後「サインはV」に出演、ジュン・サンダース役で一躍人気スターに。セクシードラマ「プレイガール」をはじめ「アテンションプリーズ」などに出演。映画は「野良猫ロック」シリーズなどに出演。血液型O。


関係者悲しみの声

 「サインはV」で共演した女優岡田可愛 突然の訃報(ふほう)に言葉もありません。6、7年前、「サインはV」の同窓会でお会いしたのが最後になってしまいました。私が子育てで仕事を離れている間、彼女は女優として活躍されていました。新境地を切り開く彼女の姿を頼もしく思っておりました。青春時代を一緒に過ごしてきた仲間。「ジュン行くわよ」と私が言った時の彼女の表情が、目に焼き付いています。

 「サインはV」で共演した女優中山麻理(54) 突然でびっくりしました。6月に一緒に仕事をする予定でしたが、実現しませんでした。数年前、知人からリンパがんを患っていると聞き、心配していました。舞台で頑張っていたので、元気だと思っていたのに。

 前夫の俳優寺尾聡(55) 大変驚いております。数年前にテレビ局でお目にかかったのが最後でした。大変すてきな女優さんであり、女性でした。静かにご冥福(めいふく)をお祈りしたいと思います。


[訃報ページ]