高田から南下してきた和歌山線は奈良県の五条から進路を西へとり和歌山に向かう。線路が五条へと到達したのは1896年(明治29)と古く、東海道本線全通のわずか7年後。重要視されていたことがよく分かる。人と物の流動で栄えた都市は、われわれスポーツ新聞にとっても大変お世話になる町でもある。和歌山線の旅は奈良から和歌山へと向かう。(訪問は7月10、11日)

話を進める上で駅名と都市名が異なることにまず触れておきたい。駅名は「五条」だが都市名は「五條」。昨年12月24日に記した片町線の記事でも「四条畷駅と四條畷市」に触れたが、こちらもほぼ同様の理由で五條街時代から正しくは「條」だったが、あちらこちらで「条」が混在していた。しっかり「條」にしようという動きは、ここ数十年のことで統一が進んだが、駅については多額の費用がかかるとの理由で(※1)、そのままになっている。(写真1、2)

〈1〉自治体は「五條」だが駅名は「五条」である
〈1〉自治体は「五條」だが駅名は「五条」である
〈2〉五条は始発終着も多く、みどりの窓口も設置されている和歌山線の重要駅
〈2〉五条は始発終着も多く、みどりの窓口も設置されている和歌山線の重要駅

地図を見ると分かるが、奈良県は人口の多くが北部に集まっている。南部は吉野山地に覆われ、五條は奈良時代から、接点の都市、南和と呼ばれる大和南部の中心都市として栄えてきた。現在も市内には国の機関が設置され、和歌山線の吉野川(紀の川)を生かした水運の拠点でもあったことから、鉄道も五条駅以降は川近くまで貨物専用線が延びた。

結果的に五條に設置された駅と路線は国鉄(設置時は地元の私鉄)だけだったが、近鉄御所線は、もともと五條まで伸びる予定だった。近鉄御所駅が半端な形で終わっているのもそのためだ。新宮とを結ぶ五新線構想もあった。吉野の山中を和歌山県の新宮まで貫く鉄路は戦前から工事が始まり、戦争での中断を経て再着工されたが、結果的には未成線となった。かつては一部完成していた路盤を利用しての専用バスが運行され、今も残る遺構は有名である。五新線については、あらためて紹介したい。(写真3~5)

〈3〉19世紀の開業で2面3線構造の五条駅。ホーム屋根は木造で番線表示にも歴史を感じる
〈3〉19世紀の開業で2面3線構造の五条駅。ホーム屋根は木造で番線表示にも歴史を感じる
〈4〉五条の駅名標
〈4〉五条の駅名標
〈5〉近鉄御所駅は終点形の櫛形ホームではなく、先に延伸できるような形で終わっている
〈5〉近鉄御所駅は終点形の櫛形ホームではなく、先に延伸できるような形で終わっている

五新線の遺構をたどると、五条から1つ目として設置予定だった駅が「野原」で、この近くにあるのが智弁学園である。言うまでもないが、今夏の選手権で準優勝した高校野球の強豪校。もちろん全国的に有名だが、奈良県にあることは知っていても五條市にあるとは意外と知られていない。前回ラグビーの強豪である御所実の最寄り駅として玉手を紹介したが、われわれの業界はシーズン到来となると、御所と五條に大変お世話になるのだ。

和歌山線に戻ろう。1駅進むと大和二見。奈良県はここまで。ホームはカーブ状となっているが前述した貨物専用線の名残。貨物線は駅舎を挟むようにして現在のカーブとは逆向きにカーブして延びていた。つまり分岐点だった。和歌山線は奈良県側、和歌山県側と別の会社が敷設した。和歌山からのレールは県境の重要都市である五條を目指すのだが、接続地点として選ばれたのが今の大和二見。それまでは貨物列車が走るだけの線路に旅客列車が走り、盲腸線のように残された貨物専用線は、やがて廃線となる。歴史の名残なのか、和歌山線は五条を境に管轄する支社が変わり、乗務員の交代が五条で行われる。(写真6~8)

〈6〉大和二見の駅舎。以前は木造駅舎だったが現在は簡易駅舎となっている
〈6〉大和二見の駅舎。以前は木造駅舎だったが現在は簡易駅舎となっている
〈7〉大和二見の駅名標
〈7〉大和二見の駅名標
〈8〉大和二見のホームはカーブ状に設置されている。向かいのホームはレールもなく使用されていない
〈8〉大和二見のホームはカーブ状に設置されている。向かいのホームはレールもなく使用されていない

当駅と五条駅との間には昔の街並みが今も残り、往来の多い重要街道だったことが分かる。かつては木造駅舎があった大和二見も近年、簡易駅舎へと姿を変えた。2面3線だったことを物語るホームが残るが実際に使用されているのは1面だけ。使用されないホームにレールはない。

ここから電車は和歌山県に入る。最初の駅は隅田(すだ)。着いて驚くのは駅全体が「キャンバス」になっていることだ。無人駅の落書き防止のため、JRの依頼で地元中学校の美術部員が絵を描いた。ユニークな取り組みだと思う。(写真9~11)

〈9〉隅田駅は駅全体がキャンバスとなっている
〈9〉隅田駅は駅全体がキャンバスとなっている
〈10〉地元中学校の美術部員による絵が描かれている
〈10〉地元中学校の美術部員による絵が描かれている
〈11〉駅名標も手づくり
〈11〉駅名標も手づくり

半日かけてきた和歌山線の旅。今回は2日かけて、ゆっくり回るつもりだ。さすがに薄暗くなってきた。明日の切符も買わなければならない(※2)。和歌山の駅近くに宿をとってあるので1度和歌山まで向かい、明日は朝から和歌山県側を巡ることにしよう。【高木茂久】(写真12)

〈12〉和歌山駅の和歌山線ホームには中間改札が設けられている
〈12〉和歌山駅の和歌山線ホームには中間改札が設けられている

(※1)発券システムのほか路線図などの書き換えなど多額の費用がかかり、自治体からの要望の場合、経費は自治体持ちとなる。駅の規模にもよるが、昨年常磐線の佐貫駅(茨城県)が龍ケ崎市駅に改称した際は約4億円かかった。

〈13〉今回利用した「関西近郊 休日ぶらり旅きっぷ」
〈13〉今回利用した「関西近郊 休日ぶらり旅きっぷ」

(※2)今回利用したのは「関西近郊 休日ぶらり旅きっぷ」(写真13)。前日までの購入が条件で土日祝日に大阪を中心とした近畿圏の普通列車が乗り放題で2500円。青春18きっぷと比べ、1回あたりの料金は若干高いが自動改札機を通れるのがポイント。みどりの窓口では購入できず、みどりの券売機のみの販売なので要注意。9月26日の使用まで発売中。詳しくはJR西日本のホームページで。