異次元の投球は、“生徒”たちの表情が物語っていた。岸の左斜め後ろにポジション取りした藤平は「本当は真後ろで見たかったんですが、与田コーチから『岸は繊細だから、物音一つ立てるんじゃないぞ』と言われて、動けませんでした」。だが、それ以上に投球にしびれた。「ボールをもらって、ワインドアップに移る動作、繰り返しに1個もズレがない。余分な動作がない。自分は30球中、10球もいかない」と、固唾(かたず)をのんで見つめた。池田も「自信を失った。あそこまでなるには、15年以上かかる」。それぞれ、自分に足りないモノを感じていた。

 「岸先生」は、投球練習を終えると「どうだった?」と藤平に問うた。「高めの球すごいですね」と憧れの交じった声を掛けられると、すぐさま「低めに投げられないだけだよ」と冗談でかわした。答えを求めようとする“生徒”の言葉を受け、簡単に指導することはなかった。決して多くは発しないが、目で見て感じてくれればいい。「もちろん聞かれたら、答えます。僕自身、新しいチームで学ぶことは多い」と言った。岸のFA加入の効果は、単に勝ち星だけじゃない。チーム、投手陣を活気づける「岸先生」としての役割も含まれる。【栗田尚樹】