5年続く最下位からの脱出を狙うDeNAが、あきれた内紛に揺れ動いていることが8日、明らかになった。4日のヤクルト戦(横浜)前、ささいなことから池田純球団社長(37)と波留敏夫打撃コーチ(43)が激しく口論し、選手やコーチにも知れ渡る事態となった。球団はこの日、横浜市内の球団事務所に1軍コーチを個々に呼び事情説明をするなど事態の収拾に努めた。中畑清監督(59)の下、初のクライマックス・シリーズ(CS)出場を狙うチームの士気に水を差す事態となっている。

 9連戦を前にした8日、1軍コーチ陣が次々と球団事務所を訪れた。球団フロントと個人面接を行うためだった。フロント側は池田社長、高田GM、浅利GM補佐、野田チーム統括部長の4人が出席。池田社長と波留コーチのトラブルが報告された後、球団がそれぞれのコーチに求める役割、姿勢などを再確認した。

 トラブルは4日のヤクルト戦前に起きた。当事者は原因などを話していないが、事態を伝え聞いた球団関係者によれば、池田社長が「今日の試合はどうでしょうか」などと波留コーチに問い掛けたところ、同コーチは「相手があることですから」といった返答をした。これを気のない返答と受け取った池田社長が感情的になり「勝つ気はあるのか」と語気を荒らげたという。これに対し、波留コーチも「勝つためにやっている」などと激高し、口論に発展した。激しく罵倒し合う声は、ベンチ裏に響き渡り、多くの選手やコーチの耳にも届いていた。

 トラブルはこれで終わらなかった。池田社長は試合後にも、波留コーチの元へ行き発言の責任を追及。再び口論になったという。波留コーチが辞任を口にすると、池田社長も辞表を提出するよう求めるなどエスカレートしていった。この日の試合は須田のプロ初完封で勝利を収めていたが、このやりとりを耳にしていたコーチの1人は「勝った気になれなかった」と落胆していた。選手の中からも「団結して戦うべき時なのに…」などという声が出ている。

 チームは現在、借金13の5位と苦しんでいるものの、3位中日とはわずか1ゲーム差。早々に最下位に定着していた例年とは違い、球団初のCS出場への希望は大きい。2年契約2年目の中畑監督も、勝利への執念を燃やしている。そんな中で球団トップが絡んでのトラブルに対し、球団内部では批判の声も強い。この日のコーチ面談は、事態収拾に努めたものとみられる。波留コーチが辞任するには至らなかったものの、球団批判として罰金のペナルティーを科すことになりそうだ。

 池田社長はこの日、各コーチとの面談を終えた後で取材に応じ、波留コーチとのトラブルを否定した。多くの選手、コーチが口論を耳にしていることを問うと「普段から意見交換はある。何を指すのか。口論なんてなかった」などと答えた。

 相次いで親会社が変わり、長く下位に低迷する球団は、決して強い組織、チームとはいえない。ちょっとしたきっかけで、内部から崩壊していく恐れもある。新しい歴史をつくろうと戦っている時に起きた、あまりに、あまりにもお粗末な騒動といえる。【佐竹実】

 ◆池田純(いけだ・じゅん)1976年(昭51)1月23日生まれ、北海道出身。横浜市のいずみ野小学校に3年時に転入。いずみ野中、鎌倉高と進み、大洋、横浜ファンとして育った。早大から住友商事に入社。広告代理店の博報堂などを経て07年1月にDeNA入社。11年末に球界参入プロジェクトが進む中、社長就任を志願し、球団の初代社長に就任。今年が同職2年目。

 ◆波留敏夫(はる・としお)1970年(昭45)5月25日、京都府生まれ。大谷から熊谷組を経て93年ドラフト2位で横浜(現DeNA)入団。内野手から外野手にコンバートされ、プロ2年目の95年に打率3割1分をマーク。98年には「マシンガン打線」の2番打者として活躍し、チーム日本一に貢献した。01年のシーズン途中にトレードで中日へ移籍。03年にはロッテへ移籍し、翌04年に現役引退。通算成績は913試合出場で打率2割7分8厘、44本塁打、266打点。06年に横浜1軍外野守備走塁コーチで指導者スタートし、1、2軍で打撃コーチも務めた。