韓国映画「名もなき野良犬の輪舞」(5月5日公開)は典型的なフィルム・ノワールだ。裏社会の暗闘の中に男の友情が浮き上がり、カメレオン俳優ソル・ギョングと人気バンドZE:Aのイム・シワンのコントラストも際立っている。

 クオリティーの高い韓国映画界にまた1人才人が登場した気がする。来日したビョン・ソンヒョン監督(37)に聞いた。


 -前作「マイPSパートナー」(12年)は典型的なラブコメディーです。この格差にまず驚くのですが。

 「前作があるからこそ、それとは違う強烈な、ダークなものを撮りたいと思いました。そもそも映画監督という職業を選んだのがジャンルがたくさんあって、それぞれにトライできるからなんです。これからも毎回違うものに挑戦していくと思います」

 -どんな映画、監督から影響を受けたのですか。

 「マーチン・スコセッシ、クエンティン・タランティーノ、ジョニー・トー、北野武…確かに好きな監督の名前を挙げると、いかにもそれが今回の作品につながったかのように思えるかもしれませんが、ジャンルにとらわれることなく映画を見てきました。ただし、どうしてもホラー映画はダメで、今も昔も怖い作品は見られません(笑い)」

 -絵画のように計算された構図が印象的です。

 「絵コンテが大切だと思っています。1カットのためにいろんな角度から撮って、その中から選ぶという手法がありますが、それでは何度も同じ演技をする俳優の負担が大きくなります。撮り直しを繰り返すと、俳優はエネルギーを消耗します。俳優が一球入魂できるためにも、1回で構図が決まる精度の高い絵コンテは欠かせないと思います」

 -人物の配置が大胆で1カットごとにメリハリを感じます。

 「影響を受けたのは子どもの頃に読んだ日本の漫画ですね。貸本屋で漫画に囲まれていると幸せを感じたものです。『クローズ』『スラムダンク』『H2』…構図はもちろんですが、それだけでなく、特にあだち充の感性が大好きです。明るさの中に登場人物たちの成長がしっかりと描かれている。気持ちを表現するときも直接的にではなく、隠喩で示されますから」

 -名優ソル・ギョングとはどう向き合いましたか。

 「尊敬してます。エネルギッシュで繊細。怪物のような俳優です。撮影に入るときの瞬発力は誰にもまねできません。失礼を承知で言えば実はかわいらしい一面もあって、撮影現場では驚くほど気が合いました。それでも、酒の席ではホントによくケンカをしましたね(笑い)。ギョングさんはいいなと思っても絶対にほめない人です。実は僕もそういうところがあって、だから、酒が入るとそれがぐだぐだと続いて結局言い合いになってしまうんですね。でも、撮影現場に入るとケンカは無かったように息が合う。互いにツンデレ関係と言いますか…」

 -対極ともいえる若手のイム・シワンさんはいかがでした。

 「ギョングさんが酒の席では時々子どもっぽくなるのとは対照的に、いつも『大人』です。乱れることがなく、『正しい』という言葉は彼のためにあるような(笑い)。演技も小手先ではなく、役に入って心で演じる人です」

 -映画監督を志したきっかけは何ですか。

 「あまり勉強が好きな方じゃなかったんですが、とりあえず大学を出ておこうと。で、演技を専攻していたんですが、シナリオ講座で試作を書いたら、先生が『これは映画にしてみよう』と。ちっちゃな子どもがほめられると浮かれるような感覚で、それならと撮った短編が思いがけず賞をとってしまったんです。それからいろんな映画を見るようになって、いつの間にかそれが自分の道になりました」

 -競争の激しい韓国映画界で生き抜く術は。

 「僕の作品に関わるスタッフの皆さんとは信頼関係があるんですけど、実は他の映画監督との付き合いはほとんど無いんです。映画監督は自分の職業であって、イコール人生ではないと思っています。製作に関わっているときは全身全霊打ち込みますけど、そうじゃないとき、他の監督さんが何しているか、映画界がどうなっているか、そういうことには実はまったく興味がないんです。映画マーケットが僕を求めれば仕事をするし、それが無くなれば潮時なのかなあと思うんでしょうね。いろいろある職業の1つに過ぎないという感覚があります」

 -次回作は金大中氏が題材。今度は政治がテーマになるわけですが、本当に好きなジャンルは。

 「正直、これが好きというのは無いんです。でも、振り返ってみれば、一番見ているのはやっぱりフィルムノワールだと思います」


 撮影期間中はソル・ギョングと飲み明かしたことも何度かあったという。そんな熱い一面の一方で「映画監督は職業」と割り切り、業界の村社会とは一線を引くところに今風の若者と重なるものを感じた。【相原斎】


 ◆ビョン・ソンヒョン

 1980年(昭55)12月生まれ。ソウル芸術大卒。05年に短編「REAL」を製作。10年、映画「THE BEAT GOES ON」で長編映画デビュー。

「名もなき野良犬の輪舞」の1場面 (C)2017 CJ E&M CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED
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