帝政ロシア最後の皇帝ニコライ2世と伝説のプリマの道ならぬ恋を描いたのがロシア映画「マチルダ 禁断の恋」(公開中)だ。革命前夜に咲いたあだ花のようなヒロインを演じたのがポーランド女優ミハリナ・オルシャンスカ(26)。「ゆれる人魚」(15年)などの好演で知られる彼女がこの映画の公開に合わせて初来日。話を聞いた。

メガホンを取ったのは現代ロシアを代表するアレクセイ・ウチーチェリ監督(67)。300人以上のオーディションを行いながら「伝説の美女」役はなかなか決まらなかった。

「スタジオに呼ばれると、そこはいきなり皇帝の戴冠式のシーンだったんです。撮影が進む中、ニコライ役の(ラース・)アイディンガーさん(42)の隣に呼ばれてカメラテストが行われ、監督が『よし、彼女で行こう』と。撮影はすでに1年くらい進んでいたし、いきなり異次元に放り込まれた感じでした。クレイジーなキャスティングですよね(笑い)。でも、オーディションといえば、真っ白で何もない中でテストが行われるのに、今回は文字通り本番の環境。ある意味とってもラッキーなオーディションだったんです」

マツゲの長い目をしばたたかせる。はにかんだような笑顔からも、皇帝をくぎ付けにした「色香」が漂ってくるようだ。ロシアの巨匠がひと目でヒロインに決めた理由が分かる。

「プロデューサーから役柄の説明を聞くまで、実はマチルダのことは知らなかったんです。私と同じポーランド生まれ。魔性の女で100歳近くまで生きた人。あの情熱には共感できる部分が少なくない。この役をやれて幸せでした。ロシアでは博物館にも大きな展示がありました。地元ポーランドで知られるようになれば、必ず人気の出るキャラクターだと思いますね」

バレエの場面はプロのスタントだが、全裸シーンも含め体当たりの熱演だ。

「19世紀のバレリーナは今とは違ってちょっと太めだったんです。バレリーナ役なのに監督からは『太るように』と言われ続けました(笑い)。胸も無い方だったんですけど、この映画のおかげで少し膨らんだ気がします」

王室のきらびやかさも再現され、約7000点の衣装や宝飾品も見どころだ。

「コルセットはハンパないきつさでした。『太れ』と言われて『これを着ろ』でしょう。拷問のようでした(笑い)。美術スタッフの仕事は完璧で、確かにウエストラインはきれいに出る。本物なんです。正直最後はあっぷあっぷでした。いろんな意味で当時の女性の窮屈さを実感しました」

彼女の参加後も撮影は1年続いた。

「そんなに長く母国を離れるのは初めてだったのでホームシックにかかりました。たまの帰国休暇で、現在夫となった男性と知り合い。それからますます恋しく思いましたね(笑い)」

弁護士のご主人とは今年6月に結婚。「2度目のハネムーンのつもり」で今回の来日にも同行した。

「宮崎アニメで育ったので、日本は夢でした。小学生の時に見た『千と千尋の神隠し』はショッキングでした。ディズニーアニメのようなつもりで見たら全然違う。詩的な感性を形にした奥深いもの。何かしらアートの世界で生きようと思ったのもあの作品がきっかけでした。何年かたってから見ると、また違う風に見えます。人生とともに作品も成長しているような不思議な感覚があります」

異色のホラー「ゆれる人魚」、収容所の史実に基づいた「ヒトラーと戦った22日間」(18年)、そして歴史絵巻とも言える今作。出演作はどれも毛色が違う。

「白黒はっきりしない役が好きです。ダークサイドに振れている役や、おとぎ話的要素があるともっといいです。結果論ですが、そういう要素はどの作品にもあった気がします」

両親は舞台俳優。俳優仲間に囲まれて育った。

「この仕事に不安定さがあるからでしょうか。母は私に医者か弁護士になって欲しかったようです。女優になることには、最初ずいぶん反対されました。だから、弁護士と結婚して1番喜んだのは母なんです(笑い)」

来年は舞台に初挑戦する。ワルシャワで上演される「ロンリー・ウエスト」。脚本は「スリー・ビルボード」のマーティン・マクドナー監督だ。

「映画は舞台俳優の両親とは別世界という意識がありましたが、今回は2人の目がすごく気になる。正直不安です。私にとってはかなりチャレンジングなことなんですよ」

日本公開作ではそれぞれに個性を光らせている。ポーランド若手実力派にハリウッドへの野心はないのだろうか。

「俳優なら誰でも目指すところだとは思いますが、私はシャイでプライベートな生活も大切にしたい方なんです。あちらでは小さな役をもらうためにものすごく過酷な戦いを強いられる気がします。万が一チャンスをもらったら、心は動くと思いますが」

ウクライナ出身のトップ女優、ミラ・ジョヴォヴィッチより16歳下。ハリウッドで活躍する東欧系女優は少ないだけに、彼女が入り込む余地は十分あるような気がするが。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

◆ミハリナ・オルシャンスカ 1992年10月22日、ポーランド・ワルシャワ生まれ。他に「暗殺者たちの流儀」(15年)などの出演作がある。

ミハリナ・オルシャンスカ
ミハリナ・オルシャンスカ
「マチルダ 禁断の恋」の1場面 (C)2017ROCKFILMSLLC
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