1月は歌舞伎座、新橋演舞場、国立劇場、浅草公会堂と、都内の4つの劇場で歌舞伎公演が行われています。

 高麗屋3代の襲名披露公演が行われている歌舞伎座は、「口上」や新幸四郎の2度目の挑戦となる「勧進帳」などで大勢の観客でにぎわっています。

 そして、歌舞伎座に負けずに観客を集めているのが演舞場です。特に、市川海老蔵の長女麗禾ちゃんが幼いかぐや姫役で出演している、夜の部の新作歌舞伎「日本むかし話」は、チケットが取りにくいほどの盛況ぶりです。

 3度目の舞台となる麗禾ちゃんは、せりふがある役は初めてですが、「私の名前はかぐや姫。おじいさん、どうか私を育ててください」「動物たちに守られて、救ってくれる方をお待ちしておりました」と大きな声で堂々と演じ、ひときわ大きな拍手が起こります。私が観劇した日には、海老蔵の母、つまりおばあちゃんと一緒に弟の勸玄くんも客席最後方で観劇していました。

 そして、成長したかぐや姫(中村児太郎)が星に戻ることになるラストの場面で、かぐや姫と愛を誓った海老蔵演じる重信が必死に止めようとします。

 重信が「たとえこの命がどうなろうとも、あなたと離れることは出来ません。どうかどうか一緒に」と懇願しますが、かぐや姫は「私たちは生きる使命があるのです。それぞれの星で、この宇宙からの天命を果たさなければなりません。私は私の故郷に住む人々を幸せにします。そして、あなたはこの星に住む人々を幸せにしてください」という言葉を残して飛び去っていきます。

 残された重信がかぐや姫への思いを語る独白が、愛する小林麻央さんを亡くした、海老蔵の姿に重なります。

 「私は1人、この世でたった1人になった。まるで夢だ。これは、夢だったのだ。いや違う、これは紛れもない誠。かぐや姫と誓った想いは1つの想い。永遠に消えることのなき1つの想い。私の心に宿す想いは永遠に消えることはない。私は生きる。宇宙の天命に従い、私はこの命の限り生き続けよう。そしてこの星の、この国の人々が幸せになるように努めよう。かぐや姫、そなたが見上げる夜空の中で一番美しくまたたく星は、この私の星ぞ。かぐや姫」。そして静かに幕が下ります。

 この場面になると、海老蔵は涙があふれることがあるそうです。ブログで「そんな時、幕が閉まると、走って、布を持ってきてくれるのが、麗禾です。本当に気の利く優しい子です」と、舞台裏の出来事を明かしています。

 妻を思って涙する父と、涙をぬぐうものを持って寄り添う幼い娘。直後のカーテンコールでは、2人ともに笑顔(麗禾ちゃんはちょっと照れくさそうに)で登場しますが、幕の中では父と娘のもう1つのドラマがあるのです。【林尚之】