東京・豊洲への先月7日の移転予定が先送りになり、迎えないはずだった年末の繁忙期で、築地の場内市場がにぎわっている。豊洲市場の建築工事はほぼ完了し、移転は決まっているが、市場関係者の不安は消えない。地下水などから基準を超える有害物質の検出が続いているからだ。「土壌が汚染された豊洲には行かない」と、築地市場の廃止と同時に廃業を決めている仲卸店主に話を聞いた。

 50代男性のAさんは、築地場内市場で約70年続く水産仲卸店の3代目。築地市場の廃止と同時に廃業することを決めている。

 -豊洲市場で商売を続けるという意向は全くないのですか

 Aさん 全然。豊洲に移転したら、やめる。地面から有害物質が出てくるところに市場を持って行って、生鮮ものを扱うことがおかしい。先代に申し訳ないけど、豊洲で汚染の問題が起きる可能性は高い。それを避けるには、やめるという決断が単純明快。

 -築地の場外市場での出店はしないのですか

 Aさん だって同じでしょ。その魚はどこを通ってくるの? 豊洲から来る。汚染の可能性があると考えながら豊洲の魚を売るのは、卑怯(ひきょう)だよね。そんな売り方をするなら、俺の家族や親族が生活できなくなる方がいい。その方が潔いでしょ。

 -常連客の皆さんの反応は

 Aさん 「やめないで」とはたくさん言われるけど、俺は「一緒に商売をやめてくれ」と逆にお願いしている。豊洲市場の水産仲卸売場棟で、作業スペースが狭かったり、床の耐荷重が十分じゃなかったりするのは、仲買不要論が根底にあると思う。市場法の改正で、大卸(1次卸業者)からお客様への第三者販売が可能になった。お客様の細かいニーズに応える仲卸がなくなって、大手の卸売業者に物が集中する流通システムになる。お客様に良い魚をそろえるという仲卸独自のサービスができなくなるから、「一緒にやめよう」と話している。

 -廃業後の生活はどうするのですか

 Aさん 妻と次女との3人暮らしだけど、自分たちが食べるくらいはどうにかなる。スーパーでレジを打ってもいい。やらせてくれるなら、仕事は選ばない。【聞き手・柴田寛人】

 ◆築地市場の水産仲卸業者数 減少ペースが加速している。昭和20年代には1600以上あったが、現在は約570。約半数は経営赤字の零細で、移転に伴う設備投資負担や後継者不足のため、一部の業者が営業継続を断念している。豊洲に移転するのは、500前後だとみられている。

<豊洲市場の土壌汚染>

 ◆原因 市場用地は、東京ガスの都市ガス製造工場の跡地。1956年(昭31)から88年まで稼働していた。石炭から製造する過程の副産物で、ベンゼン、シアン化合物、ヒ素、鉛、水銀、六価クロム、カドミウムが発生。土壌と地下水の汚染が確認された。

 ◆対策 専門家会議による提言に基づき、技術会議で対策を検討した。10年1月から7月に汚染無害化の実験を行い、有効性を認め、この処理技術を適用。14年10月に土壌汚染対策工事が全街区で完了した。

 ◆移転延期 小池都知事が8月31日、11月7日に予定されていた築地市場の豊洲移転の延期を発表。2年間かけて行っている地下水のモニタリング調査が来年1月に終わるが、調査中の移転に疑問を呈した。

 ◆地下空間 小池氏は9月10日、豊洲市場の水産棟や青果棟などで、土壌汚染対策のための「盛り土」が実施されていないと発表。9月と10月に行われた地下空間の空気測定では、国の指針の最大7倍にあたる水銀が検出された。

 ◆基準超え 東京都は9月29日、青果棟がある敷地の地下水から、環境基準の最大1・4倍のベンゼン、1・9倍のヒ素が検出されたと発表した。14年の土壌汚染対策工事完了後の環境基準超えは初めて。

 ◆今後 来年1月終了の地下水調査の結果を受け、専門家会議などの報告書をまとめ、同6~7月に環境アセスメント(影響評価)審議を行う。再アセスが不要なら、豊洲移転は17年冬~18年春に行われる。