【イチロー大相撲〈17〉】解説=宮城野部屋はなぜ閉鎖になるのか

元横綱白鵬の宮城野部屋が閉鎖となった。

日本相撲協会は3月28日東京・両国国技館で理事会を開き、宮城野部屋の親方、力士ら全員が伊勢ケ濱部屋へ無期限で転籍することを決めた。元幕内北青鵬の暴力問題がきっかけで、部屋の閉鎖にまで発展した。

なぜ、これほど重い処分が科されるのか。これまでの取材をもとに解説する。

大相撲

処分の根拠は何か

まずは経緯を簡潔に振り返る。

宮城野親方(39=元横綱白鵬)は2月23日付で「委員」から「年寄」への2階級降格と3カ月の20%報酬減額の処分を科された。

北青鵬の暴力行為を防げなかったこと、見逃し続けたことなどにより、監督責任を果たせなかったとみなされた。

北青鵬は処分確定前に提出した引退届が受理され、「懲戒処分として場合は、引退勧告相当の事案であったことを確認した」とされた。

日本相撲協会は、2月23日付の文書で次のように発表した(一部を抜粋)。

「宮城野については、師匠としての素養、自覚が大きく欠如していることが理事会で確認されたため、その対処として、三月場所は、所属する伊勢ケ濱一門で宮城野部屋の師匠代行を任命し、師匠代行が宮城野部屋の監督を行うこと、4月以降は、伊勢ケ濱一門が宮城野部屋を預かり、師匠・親方としての指導・教育を行う(期間は未定)ことを、伊勢ケ濱一門と協会執行部とで検討、三月場所の理事会で報告することを決定し、その旨、宮城野に通知した」

この1カ月、伊勢ケ濱一門内、一門と協会執行部との協議が続き、3月28日付の理事会で、宮城野部屋の今後が決まった。

かなり厳しい処分と言えるが、協会なりの根拠はある。

報道陣の前で謝罪する宮城野親方(左)と北青鵬(2024年2月23日撮影)

報道陣の前で謝罪する宮城野親方(左)と北青鵬(2024年2月23日撮影)

最大の根拠は、横綱白鵬が引退し、親方になる際にサインした「誓約書」の存在だ。

力士が引退して親方になる場合、「年寄資格審査委員会」に認められ、理事会で承認されなければならない。

年寄資格審査委員会は、親方になるために必要な年寄名跡襲名について議論する組織。親方5人と外部委員1人で構成される。同委員会では「10年間は部屋付き親方として親方業を習熟すべき」との声も上がった。結局、同委員会では採決されず、判断は当時の理事会に委ねられた。

白鵬の年寄「間垣」襲名が理事会で承認されたのは、2021年9月30日(2022年7月28日付で「宮城野」を襲名して、宮城野部屋を継承した)。ただし、「誓約書付き」の承認となった。

誓約書には、こう書かれている。

「新人の親方として、理事長をはじめ先輩親方の指揮命令・指導をよく聞き、本場所等、与えられた業務を誠実に行うこと」「大相撲の伝統文化や相撲道の精神、協会の規則・ルール・マナー、相撲界の慣わし・しきたりを守り、そこから逸脱した言動を行わないこと」

当時、年寄資格審査委員会だった今井環委員長と尾車理事(元大関琴風)が、白鵬と師匠の宮城野親方(元幕内竹葉山)に誓約書の内容を説明し、同意、了承を得て、サインした。

誓約書の根拠

年寄襲名にあたり、協会が誓約書を求めたのは初めて。なぜ、このような誓約書を求めたのか。

白鵬の現役時代の言動が原因だ。

日本相撲協会の懲戒処分は重い方から順に解雇、引退勧告、降格、業務停止、出場停止、報酬減額、けん責がある。

白鵬が科された懲戒処分は複数ある。

▽2017年12月 日馬富士の暴行現場に同席していながら、事件の発生及び進展を抑えられなかったとして、1月の給料の全額不支給、2月は50%カットの処分を科された。

▽2019年4月 同年3月の春場所千秋楽の優勝インタビューで、観衆を促して三本締めを行った問題により、けん責の処分を科された。本場所は神送りの儀式をもって終了となるが、その前に手締めをしたことが、コンプライアンス規定の違反行為「土俵上の礼儀、作法を書くなど、相撲道の伝統と秩序を損なう行為」に該当すると問題視された。

懲戒処分のほか、以下の例で、理事長や審判部などから直接もしくは師匠を通じて厳重注意を受けている。

▽2008年5月 夏場所千秋楽の朝青龍戦でダメ押しをされた白鵬が、起き上がりざまに朝青龍を右肩で押した。

▽2009年5月 夏場所2日前に朝青龍らとゴルフコンペを行った。

▽2011年5月 技量審査場所千秋楽の夜にTシャツ、短パン姿で外出した写真を週刊誌に掲載された。

▽2015年1月 初場所優勝後の一夜明け会見で同場所13日目の稀勢の里戦の取り直しについて「疑惑の相撲が1つあるんですよね」と切り出し「帰ってビデオを見た。子供が見ても分かる相撲」と指摘。「もう少し緊張感を持ってやってもらいたい。ビデオ判定も元お相撲さんでしょう」と注文をつけた。

▽2015年7月 逸ノ城を寄り切った後、あごをわしづかみにしてダメ押し。

▽2016年3月 嘉風戦でダメ押し。土俵下に嘉風が落ちたことで、審判を務めていた井筒親方(元関脇逆鉾)が負傷し、救急車で運ばれた。「左大腿(だいたい)骨頸部(けいぶ)骨折と診断された。

▽2017年11月 九州場所の優勝インタビューで「日馬富士関と貴ノ岩関を再びこの土俵に上げてあげたいなと思います」と発言し、観客に万歳三唱を促した。同場所11日目の嘉風戦に敗れた後、立ち合い不成立を執拗にアピールした。

▽2021年7月 名古屋場所で照ノ富士を破って優勝した際、ガッツポーズをした。

これらが積み重なって、「誓約書」につながった。

他の事案との比較

相撲協会の執行部や親方衆は特に、今回の問題が一般的にどう見られているかも気にしている。

SNSや一部報道などで「他の暴力事案と比べて、今回はあまりに処分が重い」との指摘も耳に入っている。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。2023年11月から、日刊スポーツ・プレミアムの3代目編集長。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。 X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで、大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。