「おお! おめでとう!! 良かったぁ」と、いつになく興奮気味に電話を受けたうちの旦那様。隣で不思議そうな顔をしている私に「貢輝、山口貢輝がね、残った!!」とますます??? な話ではあるものの、すごくうれしそうにしているので、いいお知らせだということだけは伝わってきます。

その後、くわしく話を聞くと「クビがかかってからつの追加に来てさぁ。4走で27点以上いる計算だったから、みんなで必死に応援したんだよ」とニコニコしながらその時のことを教えてくれました。

今回は、その1600番目の男、山口貢輝選手(33=福岡)にお話をうかがってきましたよ。

クリスマスツリーの横で笑顔の山口貢輝選手
クリスマスツリーの横で笑顔の山口貢輝選手

専門学校を卒業した後、もともとは自動車整備士をしていたという山口選手。ボートレーサーになったきっかけは、久しぶりに会った友人にレース場に誘われたことからでした。「それまで舟券も買ったことがなかったんですけど、本場に初めて行ったときの音も衝撃でしたし、ペアボートに乗ったときのそのスピード感にも興奮して“あ、ボート選手って面白そう!”って思ったんです」と仕事をしながら受験した、2回目の試験でやまと学校に入学しました。

ただ、やまとでのことをたずねると「僕はもう落ちこぼれ訓練生でしたから」と苦笑い。「整備は得意だったんですけど単純に技術が下手くそで…。しかも僕、やまと卒業してからの1カ月で太り上げてしまって、63キロでデビューしたんですよ。そういう意識の甘さもあって、成長するのもかなり遅かったですね。技術もない、体重もあって、足も出しきらん…全然駄目やったんです」と三重苦だったデビュー当時の大反省を聞かせてくれました。

1年後、志道吉和選手(43=福岡)に弟子入りし、行ける練習は全て行っていたことで、少しずつ舟に乗れるようになってきたそうですが、デビュー後しばらくの点数が響いてしまい、今年9月末には選手会から郵便物が届きます。そこに記されていたのは、このままではボートレーサーを続けられなくなるという内容でした。

「その時あっせんされていた残りのレースで計算したら、もうパーフェクト優勝するしかないくらいの点数が必要で、口にはしなかったですけど何日間かは、これどう考えても駄目やなってあきらめかけてました」というくらい頭が真っ白になったといいます。「まだ終わったわけじゃないから、せないけんって頭では分かってるんですけど、わぁ、もう12月までしかレース走れんくなるかもしれんっていうのをすごく感じて、それは寂しい! まだやめたくない!! って思いました。子どももいるし家族のことを考えたら次の仕事もすぐに探さないといけないのに、何がしたいとか全く思い浮かばなかったんですよね」。

右からご次男の勇成(ゆうせい)君、奥様の由佳さん、ご長男の紘永(ひろと)君と写真に収まる山口貢輝選手
右からご次男の勇成(ゆうせい)君、奥様の由佳さん、ご長男の紘永(ひろと)君と写真に収まる山口貢輝選手

“ボートレーサーとしてレースをして家族を養うこと。それが自分のしたいことなんや!”という自分の気持ちにあらためて気づいた山口選手。すぐに志道選手やその師匠の大庭元明選手(50=福岡)に相談し、どこかで追加が出るかもしれないし、それまでにできることは全部しっかり準備しよう! と決意した時、たまたまからつの4日目から2日間の追加あっせんが入りました。

「こうやってチャンスが来て、もう本当にありがたいって思いましたし、途中追加で行く分、他の選手よりもスタートが遅いんでそこを少しでも埋めるために早く行って早く準備しようと思って…」と朝イチでレース場に到着した山口選手に同県の選手たちが声をかけてくれ、事情を知った周りの選手たちからもたくさんのアドバイスをもらいました。

「それまで皆さんレースされてたんで、もうペラとかもある程度こういう形がいいとか分かられてるじゃないですか? だから僕の引いたのを見てもらって、こんな形がいいんじゃない? とか、あとはもう気持ちの問題やけんって、落ち着くようなこと言ってもらったり自信をつけてもらったり。ホントありがたかったし、おかげでだいぶ点数は上がりました」と、ノルマ以上の点数(28点)を残し、迎えた運命の10月31日。「あ、生き残ったぁ」という山口選手の言葉に、奥様は神棚に手を合わせていたそうです。

その後、師匠はもちろん関係した選手1人1人に連絡してお礼を伝えた山口選手に、うちの旦那様も「よく電話してきたねぇ」とうれしそう。

「僕がギリギリ残れたのは、こうやって周りの方に助けてもらったおかげなんで、いい報告がしたい! っていうのもありましたし、たくさんアドバイスいただいたんでこうして報告できるのが僕もうれしかったです」とのこと。

「今回あらためて思ったんですけど、僕が走っていい結果を残すことで喜んでくれる人がいるし、その期待に応えられるようになりたいなぁって。応援してくれてる人のために走るっていうか、そういう人たちが喜んでくれるからっていうのが自分の中ですごく大きいなぁって思うんで、それを忘れないようにしています」と顔を上げた山口選手はとてもいい表情をしていました。

 
 

「普段から何げないことでもわりと会話する方なんですけど、今回助かったこととか心配かけたことについては“ありがとう”を伝えられてないんです」と奥様に対しての思いを口にした山口選手。「でもまだ選手として何かをやってのけたわけじゃないし、まだ満足しちゃいけないところだと思うんで、そういう結果を出してからありがとうを伝えたい。ちゃんとその言葉を言えるようになりたいです。家族の力ってすごく大きいと思うんで」と優しく話してくれました。