学校の先生たちが奮闘している。関東サッカーリーグ2部に所属する神奈川教員サッカークラブ(通称カナキョウ)。また“先生たち”のシーズンが始まった。

 4月15日の開幕戦で、早稲田ユナイテッド(東京)と対戦した。試合前の記念撮影では、グラウンドの脇に咲き誇る満開の桜の花のような笑顔が輝いた。また今年も1年、好きなサッカーをやれる-。そんな喜びが、自然と男たちの表情を晴れやかなものにした。

 その開幕戦は、後半12分に“先制”点を許してしまった先生たちだが、まったく慌てることはなかった。6分後に素早いカウンターから同点とすると、さらに後半42分に決勝点を奪った。5分以上の長いアディショナルタイムも全員で協力して体を張ってしのぐ。そして迎えた歓喜の訪れ。2-1の勝利に互いに肩を抱き、健闘をたたえ合った。

 教員たちの団結心というものを感じずにはいられないゲームだった。特別支援学校教諭であり、中盤の底で「アンカー」として攻守に走ったMF土屋健太郎(36)は「一喜一憂しない。目の前のことを一つ一つこなしていけば勝てるんです。1試合通して、勝てばいいんです」と、誇らしげに話した。

■「教員」としての模範を

 そのカナキョウ創設の発端は1953年(昭28)に、国体に参加する教員を強化する目的だった。現在は教員以外からも幅広く受け入れ、教員という肩書を持つ選手は登録メンバー30人のうち半分ほど。それでも「教員」という看板を掲げる以上、「“教員”であるという意識を持って、恥ずかしくない模範的な行動を取ること」がチームの決まり事となっている。ちなみに全国の地域リーグを見渡すと、「教員」と名のつくチームはほかに九州リーグに所属する熊本県教員蹴友団だけだった。かつては多く存在したであろう教員チームは、時代の流れとともに名前を変え、チーム形態も変えている。時代に不似合いなチーム名であることは確かだろう。実際にカナキョウもチーム名を変更しようとする動きがあったようだが、伝統の看板を降ろすことはしなかった。むしろ「教員」としてのプライド、「教員愛」をモットーに戦う、現存する先生チーム希望の星でもある。

 練習は基本、毎週水曜日の体育館練習だけ。野外のグラウンドを押さえることもままならないからだという。しかもそれぞれ仕事がある上に、職場も神奈川県全域に広がる。そんな事情から、選手全員が揃って練習することがない。この開幕戦に向けても同様で、言葉通り練習なしのぶっつけ本番だった。現役時代は読売クラブ(現J2東京ヴェルディ)を経てカナキョウでプレーしたOBの高橋利徳監督(48)は「家族優先。アマチュアですから」と言い切る。11人ギリギリで戦ったことさえある。満足な練習ができないため、コンディションづくりは各自に委ねられている。では、一体どうやって出場メンバーを決めているのか? 「試合に来たメンバーが試合に出るメンバーです」。高橋監督はそう言うと、屈託なく笑った。

■最大の武器は「伝達力」

 それでも昨シーズンは2部で優勝争いを演じ、最終的に3位となった。関東2部リーグにあって侮れない「先生」たちなのである。その強さの秘密は何か?と問うと、高橋監督はすぐさま「教員ゆえに伝達力がある。試合の中でコミュニケーションを取り、修正できる。サッカーの指導者が多いので、選手が選手にコーチングできる。そこは指導者の強み。セルフコーチング軍団です」と説明した。つまり、試合の中でそれぞれが意見を出し合い、その中で戦術を整え、修正しながら戦っている究極の組織力集団。先生たちならではの“伝達力”が最大の武器だった。

 実際、センターバックで後方から終始コーチングの声を飛ばし続けた浅田忠亮(33)は、JFA公認指導者A級ライセンスの保持者。現在は勤務する神奈川県立相原高サッカー部監督の傍ら、神奈川県U-17選抜の監督も務めている。「強みはチームワークです。誰もがコミュニケーションを取り、それぞれの考えがある中でうまく合わせてくれている」と話す。この浅田も、指導する高校の早朝練習、放課後の練習で生徒混じって体を動かすことで、コンディションの維持に努めている。

 ただ、シーズンを戦う上で“壁”はある。先生ゆえのスケジュールの問題だ。神奈川県を代表する公立の雄・座間高の教諭で、同校サッカー部のコーチも務めているGK海野健介(29)が言う。「昨年も文化祭があったので試合には行けなかった。また、サッカー部顧問としてもインターハイ予選、選手権予選といった大事な大会の時はそっちを優先しています」。6月にはインターハイ予選があるため、その時期はカナキョウの試合は休むことになる。それでも主将は「誰が出てもチーム力は変わらない。心配はしていません」。実際、門戸を開放しているカナキョウは今季、神奈川・藤沢清流高時代に日本U-18代表候補経験のある専大出身のMF大戸岬(22)も加入した。加えてSC鳥取、YSCC横浜などでプレーした中学校教員のMF平田順也(35)、名門・桐光学園、専大で10番を背負い今は銀行マンという佐野弘樹(23)ら、この日の先発に名前を連ねたメンバーは多士済々だ。

そんな個性的なチームの目標は、関東1部リーグへの復帰だ。高橋監督は「ここは教員を忘れて楽しんでもらいたい。勝負ごとだから、それでいい酒を飲みたい」。サッカー愛にあふれる男たちの心意気に、共感を覚えた。【佐藤隆志】