「早慶クラシコ」と銘打ったサッカーの早慶定期戦が7月15日、川崎市の等々力競技場で行われた。1950年(昭25)に始まり今回で68回目。ライバル同士のプライドが激しくぶつかり合う伝統の一戦にあって、慶大FW渡辺夏彦(4年=東京・国学院久我山)は“特別な思い”を持って戦った選手だった。

早慶定期戦を前に記念撮影に収まる慶大の渡辺(中央)ら
早慶定期戦を前に記念撮影に収まる慶大の渡辺(中央)ら

 試合は前半7分、早大が右CKからあっさり先取点を奪った。すると2分後、慶大・渡辺が持ち前の個人技を披露した。自陣からの素早い縦展開からパスを受けると、ドリブルで一気にゴールに向かう。巧みなタッチで早大のディフェンスラインをズルズル後退させると、中央へ切り込み、相手選手が懐に飛び込んでくる前に右足で低いシュートを放った。必死にセーブを試みた早大GK笠原駿之介(2年)の右手に触れたが、ボールはインゴールへコロコロと転がった。

 1-1の同点。慶大の応援席が一気に盛り上がる。夕暮れ時の心地よい風が、芝の香りを運んでくる。会場には高揚した雰囲気が広がり、どこか夏祭りのようだった。ただ、試合はここから一方的な展開へと傾いた。

 前半17分にFW石川大貴(4年)のゴールで早大に勝ち越されると、同36分にもFW飯泉涼矢(4年)が加点。慶大は後半から渡辺が2列目まで下がり懸命にボールを引き出そうとするが、なかなかゴール前へとボールを運べない。逆に早大の速くて強い攻撃に防戦を強いられ、後半さらに2失点。結果的に慶大は1-5という完敗だった。

前半9分、ドリブルでボールを持ち込む渡辺。この直後に同点ゴールを決めた
前半9分、ドリブルでボールを持ち込む渡辺。この直後に同点ゴールを決めた

■社団法人「ユニサカ」代表の顔

 試合後、渡辺はショックを隠し切れない様子でこう話した。「差が出たなって。厳しいゲームだった。運が良ければ勝てるかもしれないですけど、10回やったら7~8回負ける。それくらいの実力差があった」。「本当に弱いな、まだまだだなと」。この一戦にかける思いが強かったらこそ、口をついて出るのは反省の弁ばかりだった。

 今回、渡辺という選手に注目していた。171センチと小柄だが、高いボールテクニックとクレバーな戦術眼。高校時代から世代別の日本代表として活躍し、よく知られていた。ただ、今回注目した理由はオン・ザ・ピッチでなく、オフ・ザ・ピッチだった。大学サッカー界トップレベルの選手にありながら、もう一つ、社団法人「ユニサカ」の代表という顔を持っている。

 ユニサカとは「大学サッカーの人気を向上させるプロジェクト」を掲げ、さまざまな活動を行っている組織。今回取り組んだのが「早慶定期戦満員プロジェクト」だった。等々力の満員数2万6000人を目指し、22種類にも及ぶポスター制作に関わり、SNSを活用して告知した。集客やグッズ販売などのアイデアも練った。活動資金に充てるため、インターネットを通じ個人から協賛金を募る「ファウンディング」にも挑戦し、目標額の100万円を上回る108万円を集めてみせた。ピッチの外でもアグレッシブに行動する、従来にない新たなプレーヤー像である。その渡辺に話を聞いた。

     ◇   ◇

 -満員を目指しましたが、実際の動員数は1万3880人。自分たちのやってきたことがつながったというイメージはありますか?

 「そうですね。2万6000人目指すというのは言い続けてきましたし、来年以降も続けるんですけど。今年が短期(目標)としたら、中期、長期的な目標も立てていますので、その中で1万5000人は正直、行きたかったなと思います。それでも動員数よりも、やったことに対して前進があると思います。例えば今回だと(ピッチの周囲には)デジタルサイネージ(ディスプレー広告)があって、オーロラビジョンのCMが流れていて、それがいろんな試作で回されていて、後ろのデザインが一新されたりとか。また、中高生がたくさん来るようになってとか。そういうところは、取り組みが新しくなったというところでよかったと思います」

 -その「ユニサカ」というネーミングは?

 「ユニーク、ユナイト、ユニバーシティー。それにサッカーで『ユニサカ』。ユニという言葉自体が一つにするとか、集結するという意味を持っているので。そういった意味で「ユニサカ」をつくりました。

 -立ち上げたのはいつ?

 「去年の早慶戦よりも前なので。去年の2月です」

 -渡辺選手ほどのトッププレーヤーが、そういう取り組みをしながらプレーするというのは今までにない形かなと思いますが、何かに影響を受けたのですか?

 「影響を受けた訳ではないです。(サッカーの)プレーするのは一日のうちで限られている時間なので、それ自体は不思議なものではないです。僕だけが特別じゃないと思います。ほかにもユニサカメンバーがいますし(サッカー部の内外で総勢25人ほど)。こういうのがもっと増えればいいなと思います。なぜ大学生がこういう形になんなきゃいけないかと言うと、仕事として大人がやってくれればいいですけど、お金にならないので。だから学生のマンパワーでやらなきゃいけないし、大学生だからこそ、こういうのができると思います。大学サッカーを自分たちで問題意識を持って良くしたいと思うなら、そういう動きがもっとたくさん出てくるといいなと思います」

試合のハーフタイムには人気歌手AIも登場し、熱唱した
試合のハーフタイムには人気歌手AIも登場し、熱唱した

■日本サッカーのW杯優勝が目標

 -実際、今回の定期戦に向けて取り組んだこと?

 「事業協賛はユニサカが行ったところで、ポスターだったりとか。小中高生は無料化されていたんですけど、それは早慶戦委員会がやったところで僕たちは関わっていない。それにあたって、小中高生はもっと来てほしいなと思っているところで、そこにいろんな施策を付けまわしたりとか。早慶に憧れて、この試合をきっかけに早慶を目指して頑張ってほしいなと思いますし。早慶だけじゃなくどこでもいいんですけど、こういう大学サッカーという舞台に憧れてほしいなと。そんな思いもありました。あとはグッズだったりとかですね。また、ユニサカだけじゃなく今回は早慶戦委員会として(ネット放送の)アベマTVの中継があったりとか」

 -今後、こういう活動をしながら選手を続けていく? 進路はプロサッカー選手を目指しながら?

 「この活動もそうですけど、僕は大学を卒業すると、ユニサカは後輩たちが受け継いでいくので。僕自身、まだプロになれるかどうか分からないですけど。最後までプロを目指しますし、プロになったらまた何か違うことをするかもしれません。もちろんユニサカのことも続けますけど。今回、本当に勉強不足だなと自分の中で感じたので、また一から勉強しなきゃいけないとすごく感じました」

 そもそもなぜ、渡辺は「ユニサカ」を立ち上げたのか? サッカーへの思いが強い渡辺は、生涯かけて「日本サッカーがW杯で優勝すること」を目標に掲げる。そのためプレーだけでなく、ピッチ外からもサッカーを盛り上げることで、日本のサッカー全体を強くしようと考えた。そこから始まった行動だった。

 -将来の目標は「生涯かけて日本をW杯優勝させること」ですが、何か施策を持って関わっていく?

 「今は本当にそう思っています。日本代表が強くなるために、というところを持って。そのために何をすればいいって、誰も分からないですよね。やらなきゃいけないことはいくらでもあるし。ただ本当に地道なことしかできないし。じゃあ10年後に優勝できるか、って言われたらできてないし。本当に長い目で見た時に、何かきっかけとなるものを見つけて、やっていきたいなと思いますし、その中の一つにこれ(ユニサカ)があります。自分自身、大学に入学するまで大学サッカーがもっと強くなった方がいいとか思ったことがなかったですけど。入ってみて、色々と問題意識を持ったりして、与えられた環境の中でもっと自分たちが良くする努力はすべきだなと感じたので。だからこの活動は、そこにもつながっています」

 -大学スポーツが強くなれば、日本のスポーツも変わる? スポーツ庁も大学スポーツの振興に関する検討会議を立ち上げ、取り組んでいますが?

 「大学スポーツはものすごく可能性を秘めていると思います。一方ですごく難題も多いところだと思っていて。スポーツ庁も含めてこういうムーブメントの中で、ユニサカもこういう風にやっている。どんどんいろんなムーブメントが各方面で起こればいいと思います」

    ◇   ◇

 白のポロシャツが似合う渡辺には、ゴツゴツした体育会系の雰囲気が見えない。文武両道で知られる国学院久我山高の出身。全国的な強豪校でありながら、練習時間は夕方の2時間以外は与えられなかった。「朝から勉強して、朝練ができなくて勉強して。練習して帰って、小テストが毎日あるから勉強して、寝て、また学校行って、みたいな生活を繰り返しました」。その中でサッカーだけに没頭するのでなく、それ以外の時間をどう有効に使うのかに行き着いた。「高校時代にそういう考えを持てたというのが大きかったです」。

 ピッチの内外で闘う男、渡辺夏彦。日本サッカーの未来を変えるかもしれない「金の卵」を、思わぬところで発見した気分になった。

【佐藤隆志】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)

スタンドには慶大のユニホームを模した大きな幕も張られた
スタンドには慶大のユニホームを模した大きな幕も張られた