日本代表はワールドカップ(W杯)開幕2カ月前に監督交代に踏み切り、その決定の是非、時期に批判も受けた。緊急事態でW杯に向かう今、先人の経験に学ぶものは多い。あらゆるジャンルの「監督」に聞く今シリーズは8回連載でお届けする。09年の第2回WBCで侍ジャパンを率いて連覇を果たした原辰徳氏(59)に混成チームをまとめ、国の威信をかけて戦うことの難しさ、腐心したポイントを3回に分けて聞く。【取材・構成=井上真】

 原さんは08年の11月に代表監督に就任する。プロ野球はシーズンオフで、実際にチームが動きだすのはキャンプイン後から。間髪入れずに2月下旬からWBCの予選ラウンドが始まった。地力に勝る侍ジャパンは3月下旬からの決勝ラウンドへと駒を進めた。

 原さん チームは各球団からの混成だった。だから、チームを1つにするために、集合した最初に選手に伝えたことがあった。まず、憧れ、誇りを胸に、国の威信をかけて優勝を取りにいくと。そのために日本が絶対に負けないことを2点挙げた。1つは、自己犠牲の精神。これは日本野球の素晴らしいメンタル。もう1つは、世界NO・1のスピードを我々は持っている。そのことを理解して戦っていこう。

 この所信方針を大きなチームの柱として戦うため、原さんは大原則を熱く訴えた。

 原さん 俺は選手みんなを信じているし、この戦いの中で信じて戦う。だからみんなも俺を疑うことなく信じてほしい。チーム戦術、用兵、作戦はこちらに任せてくれ。戦う前から監督が選手を、そして選手が監督を疑うことがあっては一番良くない。チームは1つになれない。

 ハリルホジッチ体制末期は、選手は戦術に不満を口にし、その姿に監督は怒りを覚えメディアに訴えた。W杯で戦うには、監督と選手の信頼関係は、強固でなければならない。その基盤が日本代表では崩れていた。今も土台は、もろいままだ。

 原さんは緻密にチーム編成に着手していく。誰に、どの順番で連絡するか。そこからチームをつくった。まず、イチローに電話をした。「お前中心にチームをつくる。頼むな」。監督の第一声に、イチローは「分かりました」と即答した。

 原さん スタートラインが最も大事。そのためには、どこから声をかけていくか。それはとても重要なことだった。

 次に手掛けたことは、サブプレーヤーの人選だった。

 原さん レギュラーがケガをした時にサブプレーヤーが必要になる。ただし、サブプレーヤーにこそチームへの献身性が必要になってくる。「なんだ(レギュラーが)ケガだから使われるのか」。こういうマインドの選手では国際大会は戦えない。非常時こそ「チームのために」との姿勢で臨む選手でなければならなかった。それは、日ごろのプレーから感じ取ったものを信じて選んだ。

 侍ジャパンが優勝するために集まったメンバーは、自分の「欲」を捨て、チームの勝利に全てをささげるメンタルでなければならない。相互に全幅の信頼を築き、「勝利のために」という価値観でチームを染めた。

 野球とサッカーはスポーツとしての性質が大きく異なる。サッカーは反則、スローイングなどを除けば試合は動いている。チームの確認事項はあっても、シュートを打つ判断、自軍ペナルティーエリア内で相手にタックルするかどうかなど、重要場面は選手に任される。

 一方、野球は1球ごとにプレーが止まる。打球によってさまざまな状況が生まれ走塁、守備での送球の選択などは、選手判断に委ねられるが、かなりの部分は予測できる。事前に複数のケースを想定した作戦はベンチから発信され、グラウンドの選手は1球ごとの決めごとを共有する。

 WBCにおいての戦術から選手起用に至るまで、監督は全権を掌握していた。それ故に、原さんは第一声として試合における全ての責任は監督にあると明言し、そこからチームが結束するための「信頼」を掲げ、「疑念」が付け入るスキを封じた。

 これから西野ジャパンはW杯メンバー選考の大仕事に集中していく。35人の予備登録は終えたが、31日の代表発表が控える。その選考にこそ、西野監督のメッセージが込められ、戦う集団としての覚悟が決まる。

 日本代表は混乱の最中にある。4月上旬にハリルホジッチ前監督は解任され、同下旬に都内で93分の反論会見を行った。代表チームを取り巻く環境は最悪と言える。この緊急事態だからこそ、修羅場をくぐってきた原さんの言葉はストレートに心に届く。

 原さん 以前、こんな話を聞いたことがある。「サッカー選手の最大の目標は代表選手として活躍することだ」。そのW杯のために、世界中に散らばっている日本のトップオブトップが集結する。その胸には代表への憧れと、誇りがある。その憧れ、誇りを大事にしてほしい。そして、国の威信をかけ、強国の居並ぶ組で、世界に日本代表サムライブルーの心意気を見せてほしい。

 チームのマインドを1つに。実際に勝ち進むにつれて、そのマインド維持は困難になっていく。WBCで直面した難しい局面において、原さんの人心掌握が発揮された。(つづく)

09年3月、WBC2連覇を達成し、トロフィーを掲げる原監督
09年3月、WBC2連覇を達成し、トロフィーを掲げる原監督
サッカーボールにグータッチする原氏(撮影・たえ見朱実)
サッカーボールにグータッチする原氏(撮影・たえ見朱実)