ワールドカップ(W杯)まで、もう待ったなしの状況で、前監督が日本サッカー協会(JFA)を訴えるという異例の事態。日本サッカーは、混沌(こんとん)とした状況にある。バヒド・ハリルホジッチ氏(66)は解任された後に来日し、4月末の会見で田嶋幸三会長(60)の決断に、93分もの長い会見で異を唱えた。

 在任中から感情的な物言いが多く、絶対に自分の主張を曲げない鉄の意志の持ち主だった。思い込みも激しく選手やスタッフの意見にまったくと言っていいほど耳を傾けず、チームは3月のベルギー遠征で空中分解し、解任の流れとなった。

 解任に踏み切った日本協会と田嶋会長、解任されたハリルホジッチ氏、それぞれに言い分があり、互いに会見もした。だが、当事者同士のかみ合わない論争では、真相は見えてこない。これは実力と、何より結果がすべての契約社会であるサッカー界の出来事だ。

 餅は餅屋-。サッカーの契約を知り尽くす第三者、選手代理人(現在は仲介人と呼ぶ)として多くの日本人選手を欧州に羽ばたかせ、日本サッカーの発展に貢献してきた清岡哲朗氏に聞いた。

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 まず最初に、私はジャーナリストや評論家ではないので、これまで「意見や主張」で評価されるサッカーの世界に身を置いていない。私はFIFA(国際サッカー連盟)公式選手代理人、日本プロサッカー選手会執行役員として、さまざまな問題や案件に対し、具体的な方法(解決策)と結果を求められてきた。結果を出すことが当たり前で、それ以外は評価されないサッカービジネスに身を投じてきた。

 よって、私は現実主義であり、これまで、根拠や理論がない「希望」「願望」や「批判」などをしていないことを強調したい。

 長年ヨーロッパを主戦場に、監督・選手の代理人を務め、契約に精通している。まず監督の契約には「途中解除条項(解任条項)」が必須であり、これまで日本に限らず、多くの代表監督、クラブチームの監督が成績や方向性の違いから、契約に則り解任されている長い歴史がある。仮にハリルホジッチ氏とJFAの契約で、途中解除条項(解任条項)部分に不備があった場合、彼は間違いなくそこを指摘していたであろう。

 しかし、先日の会見の中で、彼は一切JFAとの契約内容(途中解除条項)部分に触れておらず、感情部分にフォーカスした。自己弁護と自己愛が浮き彫りになったと感じた。

 そして何より、まずこの問題の大前提を理解する必要がある。FIFA(国際サッカー連盟)規約も含め、各国サッカー協会、連盟と代表監督との関係性は「雇用契約」が全てであり、それ以下でもそれ以上でもない。

 契約(書)で最も重要なのは「労働としての対価」である。JFAはハリルホジッチ氏を途中解任しても、契約書に明記されている対価(報酬)、もしくは途中解約条項に定められた対価(金額)を支払えば、基本的に契約の主体となる部分において全く問題はない。また、契約の途中解除でも、彼は労働を抜きに対価を受け取ることになり、金銭的恩恵も受ける。言い換えればJFAは契約責任を全うしていると言える。

 契約と聞くと難しく聞こえるが、実際は想定される問題に備えて、解決法を事前に取り決めることである。前述したように、歴史的にも監督は契約の途中解除(解任)をされる可能性があり、ハリルホジッチ氏とJFAの契約の中で取り決めがなされている部分である。そして、契約内容(途中解除条項)に不備がないのであれば、ハリルホジッチ氏の言動・行動は許されず、不満を言える立場ではない。

 彼は契約時にその条項を理解し、サインしていることは明らかであるからである。また、契約では彼の「名誉」の部分を保証することは難しく、そうしたリスクを踏まえて交渉を行い、対価が算出され合意がなされるのが通常である。

 「名誉回復」を求めるという民事訴訟と合わせて、ハリルホジッチ氏はFIFAでの争いを描いているように見られる。しかし、最初に説明した通り「FIFAは契約が全て」の見解であり、裁定委員会のテーブルにも上がらない可能性が非常に高い。特にFIFAは「感情=名誉毀損(きそん)」のようなものについて、仲裁を行っていない。そしてFIFA規定・規約や、論理に沿わない案件も取り扱っていない。よって、FIFAに持ち込んでも、門前払いの可能性が高い。

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 清岡氏はかつて、日本プロサッカー選手会執行役員(最高執行責任者)の立場で、日本代表選手の待遇改善を求め、日本サッカー協会と徹底的に議論し、待遇改善を勝ち取ったことがある。

 日本サッカー協会にとっては、目の上のたんこぶとも言える存在だった。協会寄りの人物ではない。是々非々で真っすぐものを言う。それだけに今回の分析には説得力がある。その人物が、一貫してハリルホジッチ氏の分が悪いと、冷静に指摘する。

 ハリルホジッチ氏は一体どうしたいのか。

 たとえ、分が悪くても、番狂わせの可能性を徹底的に追求し結果を出す、それが仕事だった。日本代表を率いている当時は。

 6月のロシアで、強豪コロンビアと戦うW杯1次リーグ初戦がその象徴的な舞台だったが、もう指揮を執ることはできない。

 だからといって、裁判で執念を燃やすような、前日本代表監督の姿は見たくない。誰より日本を強くしたい、そう願っていたのが、ハリルホジッチ氏であることは、3年近く取材させてもらった私も、良く知っている。

【八反誠】