マラドーナの呪縛は大きかった。メッシのアルゼンチンがクロアチアに完敗した。国際映像が上機嫌で歌うスタンドの姿を映した瞬間「アルゼンチンの勝ちはない」と思った。「メッシはマラドーナの前で得点できない」というジンクスがあるからだ。マラドーナが監督だった10年南アフリカ大会はノーゴール。マラドーナが観戦した前回ブラジル大会イラン戦では、席を立った直後に得点した。

アルゼンチンに声援を送るマラドーナ(撮影・PIKO)
アルゼンチンに声援を送るマラドーナ(撮影・PIKO)

 過去10年、世界のサッカー界に君臨した。バロンドールを5回受賞した。バルセロナでの活躍で「マラドーナを超えた」とも評価される。しかし、代表では前回大会の準優勝が最高。だからこそ、今大会への思いは強かったはずだ。

 前半こそ「消えて」いたが、後半は自陣まで引いてパスを引き出した。接触プレーでは珍しく闘志をむき出しにした。ドリブルで見せ場は作った。シュートも打った。それでも、クロアチアの堅い守備は崩せず、ゴールは遠かった。爪をかんで悔しがるマラドーナの前で、またも不発だった。

ドリブルを仕掛けるメッシ(撮影・PIKO)
ドリブルを仕掛けるメッシ(撮影・PIKO)

 アルゼンチンの悲劇は、マラドーナの存在にあるのかもしれない。86年メキシコ大会、32年前の6月22日には「神の手」と「5人抜きゴール」で「伝説」を作り、優勝をもたらした。その印象が強すぎるのか、サポーターだけならまだしも監督までもが夢を見る。

 メッシが登場すると、アルゼンチンはメッシ中心になった。サンパオリ監督も「メッシシステム」を公言した。エースに自由を与えて、周囲はそれをサポートする。素早く正確なパス回しで相手を崩し、フィニッシュをメッシに任せるバルセロナならできても、代表では簡単ではなかった。

 1人のスーパースターに頼る危うさは、マラドーナ自身が証明している。ボロボロになりながら準優勝した90年イタリア大会はまだいい。跳び蹴り退場の82年スペイン大会や薬物使用で追放処分となった94年米国大会では、チームもエースとともに大会を去った。

 メッシとマラドーナを比べるのは、無理がある。30年前は「10番」が君臨できたかもしれないが、現代サッカーでは自由な時間も空間もない。守備戦術が進化し、中盤でのプレッシャーも厳しくなった今、あのマラドーナでも30年前と同じような活躍がW杯でできたかどうかは疑問が残る。

3点目を失い頭を抱えるアルゼンチンのメッシ(撮影・PIKO)
3点目を失い頭を抱えるアルゼンチンのメッシ(撮影・PIKO)

 マラドーナの名言に「本当のプレッシャーは、ゴール前やピッチにはない」というのがある。この日、メッシやアルゼンチン代表のプレッシャーは、スタンドのマラドーナにあったのかもしれない。復活のためには、まずマラドーナを忘れること。その呪縛から逃れるしか、道はない。