「アンダーアーマー」。このブランドは、今や日本でもよく知られている。

 そのアンダーアーマーを取り扱う株式会社ドームは、1996年に安田秀一さんによって設立された。元々、アメリカンフットボール選手だった安田さんは、アメリカのスポーツを取り囲む環境に、ハワイ大学留学中に感銘をうけた。「このままでは、日本のスポーツは取り残される」。98年には、ボルティモアに本社があるアンダーアーマーとドームは日本総代理店として契約する。

 ドームという会社は、スポーツを通して新しい市場、新しい文化や生活を創造し、社会に貢献していくという理念を掲げる。14年にプロ野球の巨人と5年間のパートナーシップを結んだことが話題となったように、飛ぶ取り落とす勢いでスポーツビジネスの世界で業績を伸ばしている。

株式会社ドームの安田秀一会長兼CEO(左)にインタビューする筆者
株式会社ドームの安田秀一会長兼CEO(左)にインタビューする筆者

■大学の部活動が置かれた環境

 初めて会った安田さんは、裏表のないフラットな人物だった。圧倒されてしまいそうなくらいに情熱的で、向上心を持っている。法政大のアメリカンフットボールの監督も務めている。現在、国内では文部科学省と大学関係者による大学スポーツ振興検討会議が定期的に開かれ、大きな収益を上げている全米大学体育協会(NCAA)をモデルとした「日本版NCAA」の創設に向けた議論が続けられている。そんなさなか、安田さんにインタビューしたところ、大学と部活動の関係性について問題点を感じていた。

 「例えば、大学で水泳部が使うプール。その維持費は誰が払っていますか? それは学校が払っています。ここで例えば死亡事故が起こりました。誰の責任かというと監督の責任なんです。なぜかというと、日本の大学スポーツというのは任意団体だということと、大学としては『これは課外活動だ』と。立場として大学は関知しません。だけど任意団体であり課外活動だったら、なんでプールを、高いお金を払ってマネジメントしているのですか?って話になります。大学側としては場所を提供して、それでいい選手が出れば大学も名前が売れる。いいとこ取りだけして何か事故が起きたら、ほっといちゃいます」

 大学が直面しているリスクは大きく分けて3つある。金銭、健康、コンプライアンス(法令順守)だという。その問題点について、こう説明する。

 「例えば監督をやってると、勝ち負けでしか考課測定ができない。教育みたいなものがないから、概念が。あとは監督が勝ちたいとなってしまう。OB会からうるさく言われたくないから、本筋の教育みたいなものができない。それが大きな問題ですけど、その概念的なものの前に、物理的なものとして『課外活動』だから。まずは、お金の問題がグチャグチャになっちゃいます。そのためにも大学の部活をちゃんと『正課』という、正式な課目にしなきゃいけなくて、部費は学費にしなくちゃいけない。『部費』ってやるから、学校の帳簿から違う帳簿になってしまう」

 不透明な経理の問題が横たわっている。その具体策として、大学の中に「アスレチック・デパートメント」というNCAA化を前提とする部局の設置を提言した。

 「正課とは学校の授業にすること。もっと言うと、アスレチック・デパートメントというNCAA化の前提とする部局、部署を新しくつくらなければいけない。そこにちゃんと予算をつけなければいけな。本来、アメリカの大学というのはスチューデントフィー(学生費)というのを払うんですね。そのスチューデントフィーというのが部活やその他文化活動に対して使われる。それは結局、大学が一度集めるから。日本でいう課外とは違う、大学の正式な活動の中で授業以外に使う。だから法政大学には学部によって年間にかかる費用は違うんですけど、例えばアスレチックデパートメントみたいなのをつくって、大学の予算がないなら一度、部費として払っているものをそこに『学費』として参入してもいい。少なくとも帳簿は大学の中にまとめなきゃいけない。じゃないと誰も申告ができない」

安田秀一氏は持ち前の熱弁をふるう
安田秀一氏は持ち前の熱弁をふるう

■スポーツ文化のイノベーション

 安田さんが言う「アスレチックデパートメント」に予算がつけば、「部費」という概念がなくなる。米国の場合は大学にトライアウトがあり、学生は授業料免除の「スカラーシップ(奨学金)」を目指す。生徒にとって、このスカラーシップ獲得は名誉なことだ。そこへ学生が大学に支払う「スチューデントフィー」が、課外活動や部活動にあてられる。そういう仕組みが日本にもできれば、スポーツ活動の場はより良いものになるだろう。

 そもそも日本のスポーツ文化は1886年(明19)頃、欧州から輸入され、浸透していった。東京大(当時の東京帝国大学)が学生スポーツ団体を構築してから、小学校や中学校にスポーツが取り入れたというほど、歴史は深い。

 1911年(明44)に創設された日本体育協会は、国際オリンピック委員会委員となった嘉納治五郎が日本のオリンピック参加に向けた組織の整備のため設立したものである。スポーツ少年団を設置してスポーツの普及や国民体育大会等を実施している。日本に根付いたスポーツの歴史も、現在や未来を考えるためにも重要なことだ。そして今、日本版NCAAが話題となっている。つまりスポーツ文化のイノベーションが必要とされているということだろう。

 そして安田さんはこうも話した。

 「今の子供たちに『やれっ』って言ってやるもんじゃないんですよ。みんなスポーツがおもしろいからやるわけであって。スポーツの一番おもしろいところって、できなかったことができるようになるところ。さっき伊藤さんが話した『限界を突破することの喜び』もありましたけど、もうちょっと手前の話で。何かというと、背が170センチになりたくて、170センチに到達したらうれしいんですよ。人間ってできなかったことが自然にできるようになればうれしいんです。だから青春時代ってきらきら輝いている。誰でも、できなかったことができるようになる。だけど、大人になったらなくなる。衰えちゃう。でもスポーツをやることで、40歳になってマラソン初めてみて、今まで何も達成したことないけど、時間かかっても走りきったら、40歳になって最も感動する瞬間に出会えたかもしれない。来年は5時間切っているかもしれない。子供はその時のワクワクした感じとか、ドキドキした感じを味わえる。それが何歳になってもできるんですよ」

 日本は3年後に「東京2020」を迎えようとしている。1964年の東京オリンピック以上に、試されているのではないか。世界にアピールするチャンスを持った以上、まねではなく、日本色のスポーツ文化の確立に他国の文化も柔軟に取り入れる視点や発想が必要だろう。

(伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表)

インタビュー取材を終え、記念撮影に収まる安田秀一氏(左)と筆者
インタビュー取材を終え、記念撮影に収まる安田秀一氏(左)と筆者